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「人間中心デザインを成功に導く3つのポイント」クリスチャン・ベイソンさん講演(3)

デジタル庁の松本です。大学院時代に政策デザイン分野を研究し、今はデジタル庁の情報システム関係の業務をしております。

デザインを活用して公共・民間分野のイノベーションを支援する、デンマークデザインセンターのCEOを務めるクリスチャン・ベイソンさんが講演した内容について紹介します。全3回にわたってお届けした講演レポートも今回で最終回です。​

◆これまでの講演レポートはこちら。
「デザイン思考は、必要な変化を見出すこと」クリスチャン・ベイソンさ
ん講演(1)

「人間中心デザインのマインドセット」クリスチャン・ベイソンさん講演(2)


デザインプロジェクトをマネジメントするための3つの原則​​​

ベイソンさん:
最後に、デザイナー出身ではない行政官の方々に向けて、デザインプロジェクトのマネジメントに関してお話ししたいと思います。

今から話す内容に関連する記事として、10ページほどの短いものから、長いもの(300ページもあるので警告しておきます)までありますが、是非読んでいただければと思います。

デザインプロジェクトでは、「共感を活用する」、「曖昧さを切り抜ける」、「未来をリハーサルする​​」の3つが大事なことです。

1​​​​​つ目である「共感を活用する」​​とは、米国のあるマネージャーによれば、市民の体験に対する洞察から得られる恩恵だと表現していました​​。なぜなら体験こそ変革の力として活か​せ​​​るからです。

そして、​2​​​​​つ目の「曖昧さを切り抜ける」​は、​​​統制を外すこと​や​​​開放的であること、​いろ​​​んなアイデアを花開かせ、より多くの人を参加させることに挑戦することです。そういった進め方をすると収拾がつかなくなるため、マネジメントが難しくなります。

3​​​​​つ目の「未来をリハーサルする​​」について、米国のマネージャーは、「実際にやってみて、実験し、テストをやって、学習しなければならない」、「解決策がうまくいくか何も分からないままに実装してはだめだ」と繰り返し強調していました。​​​

以上の​3​​​つの原則がデザインプロジェクトをリードしていく上で重要であり、それらの原則の中心には、「問題空間の探索​​」、「新しい解決策の共創​​」、「未来の具体化​​」というデザインのアプローチが存在するのです。

「共感」​の​​​活用​​は、難しいことに映るかもしれません。なぜなら、市民から洞察を得ると​​ことは感情的なものであり、専門的な合理性を持つべき組織での職責を持つ立場にとって、一種の衝突にもなります。

​​なぜデンマークのオンライン税務申告の利用率が若者世代で低かったのか

デジタル庁で講演を行うクリスチャン・ベイソンさんの画像
デジタル庁で講演を行うクリスチャン・ベイソンさん

​​​ベイソンさん:​​
数年前、デンマークの税務当局は、なぜオンラインの税務申告サービスを最も利用しない世代が若者である​のか。その​理由について考えあぐねていまし。

最もデジタル化に適応している世代のはずの何十万人もの若者が​、​オンラインの税務申告を利用していなかったのです。それはなぜでしょうか。

​​税務当局のマネージャー​たち​​​は、私たちの​​​マインドラボ​​​と連携して原因を調べることにしました。​マインドラボ​​​のデザイナーチームは、「デニス」という​1​​​​​人の若者​​を訪ね、デニスに「共感」することにし、彼に頼んでオンラインの税務申告に挑戦してもらう様子を録画しました。それはデニスにとって大変苦痛な体験でした。​​​

​​彼は自分がやろうとしていることを説明し​​ようとするのですが、​​たくさん​​​​の間違いをしていて、​1​​​​​ヶ月分の給料の記入欄に対して​1​​​年間分の給料を入力しようとしていました。

12倍の収入を記入させて​、​多額の課税を受けるような罰を彼に与えたいと思う人がいったいこの世のどこにいるのでしょうか。デニスは​​「今、思い返すとぞっとするよ」と言っていました。​​​

​​デニスが普段からデジタルサービスを利用しないのは、地元の市民センターまで車で向かって税務申告を援助してもらっていたからです(その解決策はコストがかかるので、行政としてはできれば採用したくありません)。

私たちが行ったデニスへの取材の最も刺激的な場面を編集し、コペンハーゲンの税務当局のマネージャー​たち​​​に見せました。部屋は静まりかえってしまいました。ペンが落ちる音も聞こえました。​​​

人間中心デザインが成功するためには

​​マネージャー​たち​​​は、デニスの体験に耳を傾けました。インターフェイス、言語、言葉、ロジック、ワークフローまでありとあらゆるものが間違っており、デニスが怖がるのも不思議ではないことが分かりました。

税額を記入する用紙をそのまま投影したような画面構成では、紙でその用紙を書いたことがある上の世代層にしか意味が分からないので、何十万人の若者​たち​​​は敬遠していたということでした。​​​

​​上記のワークを通して、税務当局は共感し、市民の声に耳を傾け続けました。彼らには答えが見えていませんでしたが、色んなチームやスタッフを巻き込んで試行錯誤を行い、色んなアイデアを試しました。

同僚​たち​​​が思いついたアイデアをビデオで録画して試してみました。問題の所在は分かっていても、答えが分からない状況になるので、少しの間、コントロールがつかない状態になります。​​​

その時に必要なリーダーシップとは、問題を解決し続けようとすることであり、何とか問題の糸口を見つけ、何かしらのアイデアを発展させることです。

私たちは、若者向けのプラットフォームを開発しました。とてもシンプルなカテゴリーにして、生活の状況に照らして、若者にとって意味が分かりやすくしました。会話できるチャットボットもあります。開発するのに​2​​​年かかりましたが、いまだに10年近く利用されている税金のセルフガイドになります。

人間中心デザインが成功するには、マネージャー​また​​​はリーダーが責任を持って、デザインチームとパートナーシップをもって協働し、可能性が広がる空間を創造し、実践し続け、色んなアイデアを花開かせるような開放性を持ち、進んで実験を行って学習して試行した時のみであることは、いくら強調しても足りないくらいです。

新しいやり方に対して不安を覚えたメンバーを安心させることも必要です。デンマークデザインセンターは、政府や民間と協働しており、様々なツールキットを掲載し、公共機関も含めてデジタル化に関するデジタル倫理についても公開しています。

そして、最後に、10年経ってから私が取材したマネージャーから聞いた言葉を引用して結びとしたいと思います。「市民にとって意味のある方向へ公共セクターを発展させる唯一の方法は、デザインアプローチだと私は信じています」。

ベイソンさんの講演を聞いて(感想)​​​

ベイソンさんの講演を聞いて、一人の行政職員として考えたことを記したいと思います。

公共分野における人間中心デザインへの注目度は年々高まっていると思いますが、大事な視点だとは思いつつも、自分たちの行政実務と結びつけることが難しいと感じる行政職員が多いのではと思います。

私個人の意見として、人間中心デザインから行政が離れていってしまう​​逆風を理解することが、公共分野でデザインを​​普及するため​​​​に重要だと思いました。

​​まず、政治・行政の世界では、様々な権利や公共の利益をバランスさせ、数多くの関係者との利害調整を行って制度やルールを定める必要があ​ります。その​​​ため、抽象的な政策案の検討や多くの関係者との調整だけで消耗しきってしまうこともあります。​​

市民や企業、団体からの数々の要望や意見が代表者を通じて行政(や受注事業者)に伝播していく過程で、伝言ゲーム的に具体的な情報が削ぎ落ちていき、サービスを受ける市民の人間像や実在性がかすんでしまう場合もあるかもしれません。​ ​​

​​プロトタイプを作成して政策をテストしようにも、その政策案と異なる意見を持つ利害関係者からは、行政が交渉を打ち切ってテストを始めてしまったと受け取られる可能性があります。​ ​

そのような行政の環境に置かれれば、抽象的な政策案の合意形成で力尽き、市民に提供される実際のサービスを想像することすら難しくなってしまうのではないかと思います。​ ​​

また、これは行政機関に限りませんが、現行の制度やサービスを運用しながら、新しい視点に立ってサービスを同時に作り直す​​難しさについて​​​​も言及したいと思います。制度もサービスも何もなかった時代であれば、それらを新しく作り出すチームだけあれば十分です。

しかし、様々な制度やサービスが始まっていくと、それを提供するための仕事・要員が必要になり、企画・立案に専念できる要員は減っていきます。

​そして、多くの場合は、現行のオペレーション業務に追われている職員がサービスの改善の役割も同時に担うことになり、結局、現在の解決策の​つぎはぎ​で対応したくなるものです。​ ​​

​​​​他にも様々な理由が考えられますが、できない理由探しをして諦めるのではなく、そういった逆風があっても、人間中心デザインのアプローチを行政に取り入れていくことが大切ではないかと思います。​​​

法令や戦略をつくることが官僚の仕事の花形というイメージがあると思います​。しかし​​​、法令や戦略自体はあくまで抽象的な観念であり、それらが物理的な世界を生きる人間に直接的な働きかけをする訳ではありません。

​(報道や専門家の解説などの間接的な形での伝播することが大半ですが、)紙面や液晶に投影された法令や戦略のテキストが人に読まれ、結果的に市民や企業、行政機関などの当事者の行動に変化を与えるものでなければ、何の変化も成果も生じません。​

より抽象化すれば、どんなソリューションであっても、人々の世界で具体化されて物理的な形で現れることによって、人々の生活により良い(時には悪い)変化を与えるということです。​

ベイソン​さんが紹介した医療ケアガイドの事例では、案内文の作成やメッセージの送信がゴールではなく、ユーザーがアプリでメッセージを受け取って内容を理解し、適切な行動を取ることがゴールになっていました。

​​人間中心デザインは、ソリューションをプロトタイプの形で具体化して、中心に置くべきユーザーにテストしてもらって、そのソリューションの良し悪しを判断するのだと思います。

そうしなければ、​​現実世界の人々に対する正負も含めた本当の変化を捉えたり​、​市民にとっての価値や体験に共感したりすることは困難と言えるでしょう(なお、​ベイソン​​​さんが書いた新刊によれば、人間中心デザインのスコープを超越したデザインが必要とのことなのですが、あればその話は別の機会にしたいと思います)​​​。

デザインを活用した政策立案についてはJAPAN+Dの報告書が詳しいと思いますが、アプローチ自体と一緒に、デザインアプローチを活用できる組織・環境づくりにも目を向けていく必要があるのではないかと思います。

デンマークでは​、マインドラボ​​​やデンマークデザインセンター​があり、​​​英国の中央政府では​、ポリシーラボ​​​があります。世界の公共分野でのデザインアプローチの活用や普及の努力が続けられております。

他方で、行政にデザインアプローチを浸透させられるという万能なソリューションは見当たらず、そのこと自体が一種のデザインの試行錯誤の対象なのだと思います。​​​

​​このデジタル庁では、デザインチームが結成され、実際のプロジェクトにデザイナーが参画したり、行政機関向けにサービスデザインの研修​​を実施したり、様々な取組を始めたばかり​です​​​。​​​

市民の方々に提供するサービスの質を高めていくには、デジタル庁や関係機関がデザインを活用できる組織に早く成長していく必要がありますが、容易な道のりではないと思います​​​​。

しかし、その容易ならざる道のりであっても、その解決自体に人間中心デザインの考え方を活かして取​り​組んでいくことが一番の近道ではないかと私は思いました

これまでの講演レポートはこちら。


◆デジタル庁の組織文化を紹介する記事はこちら

◆デジタル庁の中途採用に関する情報はこちら

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