「人間中心デザインのマインドセット」クリスチャン・ベイソンさん講演(2)
デジタル庁の松本です。2022年7月に総務省からデジタル庁に出向してきた5年目職員です。前回に続いて、デザインを活用して公共・民間分野のイノベーションを支援する、デンマークデザインセンターのCEOを務めるクリスチャン・ベイソンさんが講演した内容について紹介します。
デザインは「人に役立つものが何か」を問い、アイデアを形にして人々に変化を与えること
ベイソンさん:
前回紹介した事例は、他に類を見ない、珍しい事例という訳ではありません。
デジタル庁が人間中心デザインに関心を持つことは、どのようにサービスを創造してデジタル化し、人々にとって意義のあるものにしていくことを模索する、この広い世界の中の取組の1つに入るのでしょう。
原則論としてデザインは、「人に役立つものが何か」を問う姿勢を取り、今までにない新しい問いを立てることです。始まりと終わりには常に人間の体験が存在します。
自分たちの組織内部ではなく、外側の世界で何が起きているのか、生活している市民の体験を想像することです。何が行動の動機となっているのかを理解することです。自分たちの政策や提供したサービスが受容されて、利用されるはずと思ってはいけません。
人々が何をしていて、何を体験し、何を求めているかについて、時間とエネルギーを十分に割かなければなりません。公務員としての責任を持つ私たちは、そういったことに時間とエネルギーを費やしていかなければなりません。
実験とは、実際にやってみてテストすることです。エメントは、およそ100回のイテレーションの果てに、美しく、よくデザインされたアプリとなりました。ケアガイドとして生まれたアイデアは、抽象から具体に変換される必要があります。
つまり、頭の中で考え出されたアイデアに対して形を与える。デジタルなインターフェイスのサンプルを作る。それを実現するシステムを組む。データのやり取りを実装する、といったあらゆることが必要になります。
デザインとは、ある何かを創造して形を与え、人々に役立つものを現実世界の中に生み出すことです。デザインの力とは、多様な方法で抽象的なものを具体的なものに変え、その逆に具体的なものから抽象的なものへと戻して学び、再びデザインに活かすことです。
デザインの実践で必要なことは、外の世界に出て探求し、人々が何をやっていて、どのように生活を送っているか、どのようにサービスが利用されているかを理解することです。
様々な知識を持った人々と一緒に共創し、市民たちを招いてパネルワークショップを開き、同じ部屋に来てもらう。アイデアを評価し、シナリオや何が起きうるだろうかといったことを議論する。彼らの自宅や仕事中にテストしてもらい、フィードバックを得ることです。
プロセスやサービスジャーニーを視覚化し、プロトタイプ、モックアップやスケッチを作り、アプリがこのように動くということを開発する手前で見える化します。
このような実践は、世界中で行われています。大なり小なりのデザイナーチーム、イノベーションチームが公的組織の中に編成されています。英国政府のポリシーラボのように内閣府に置かれたり、デンマークのマインドラボのように部門横断的に設置されたりしています。
そのようなチームを組織している都市が世界中には数百にものぼります。デザインのツール・メソッドや考え方は、あらゆる公共サービスの領域に応用されています。
海軍の特殊部隊さえも、私たちの組織でデザイン思考のトレーニングを受けています。人々が他の人々に対して何らかの変化を与えようとする、あらゆる場面で関わってくるのです。
ベイソンさん:
2014年のエコノミストに、マインドラボなどを取り上げた記事が掲載されました。
その記事の筆者は、「政府の改革は大変でつまらない仕事も少なくない」と前置きしつつ、「イノベーションラボは、改革を少しだけ早めながら、とっても楽しいものにしてくれる」と評していました。
(ただ、政治学の研究者である私の目には、政府の改革はすごく面白いものとして映っているのですが…)。
優れたデザインの実践は大変興味深く、とても遊び心があり、参加を促して人々を巻き込んでいくことができる大変楽しいものです。なぜなら、誰かにとっての価値を見出すことに必ず繋がるのですから。
私の実務や実務の中から得られた知見となりますが、人間中心デザインの恩恵は、人々の体験からの洞察を得て、変化に関する組織の中の当事者意識や責任感を高めることです。
政府だけでなく、民間組織も含めて多くのパートナーにとっての価値を生み出し、介入のリスクを軽減し、イノベーションの成功の可能性を高めます。もちろん、より意義のあるサービス体験の創造にも繋がります。
待ち時間を減らすような、ユーザーにとっての高い利得を生み出します。より大きな政策効果を生み出します。直に市民の声に耳を傾けるという意味で、民主主義的な説明責任にも繋がります。
人間中心デザインを取り入れた公共分野のマネージャーたち
ベイソンさん:
私の博士研究では、デザイナー経験のない公共分野のマネージャー(管理職層)たちがどう人間中心デザインを導入して実務に活用したかを調査しました。
人間中心デザインを実務に取り入れたマネージャーたちに10年以上越しのフォローアップ調査を行い、その後について取材しました。結論、マネージャーたちは、人間中心デザインを有用なアプローチだという信頼を寄せていました。
マネージャーたちの多くは、成果やコスト削減を求められる立場にあり、人々に対してよりよいサービスを提供したいという自身のビジョンを持っていました。今までと異なる方法を試せる機会を好機だと捉え、人間中心デザインのアプローチを取り入れ始めたのでした。
創造性とイノベーションとコラボレーションの側面と、統制と階層性と官僚制と安定性の側面が衝突するように感じるかもしれません。その二つの世界の間に対して、居心地悪く感じるかもしれません。
しかし、あなたたち官僚の役割は、両者の間をうまくナビゲートすることであり、それがデザインにおけるリーダーシップの課題となります(それは民間セクターでも同じことですが)。
官僚制の組織と人間中心ガバナンスのバランスを見つけることができると、私は強く信じております。世界の中の優れた政府は、両者のバランスを取れています。
つまり、官僚主義に対して、人に寄り添い、開放的で、協働的で、市民と向き合って公共セクターで仕事をしていくという、人間中心ガバナンスのバランスを取るということです。
先ほど申し上げたように、10年以上前に人間中心デザインを取り入れたマネージャー達にフォローアップ調査の電話をし、そのアプローチの有用性を信じているかを尋ねました。すると、彼らからは「信じている」という答えが返ってきました。
研究で取り上げた10人のマネージャー達と話をしました。デザインアプローチを用いた政策やデジタルサービスがなくなったという事例もあったのですが、理由を訊いてみれば、組織の合体や再編などのデザインと直接関係ないことが原因だと分かりました。
ソリューション自体は残って人々に作用し続け、マネージャー達は、次の新しい仕事でも、人間中心デザインの考え方やメソッドやアプローチを継続して活用していました。
英国のある市役所のマネージャーは、デザインアプローチを活用してホームレス状態にある人々を50%減らすことができ、そのアプローチを継続しているとのことでした。
問題を抱える家族の支援サービスを行っているオーストラリアのNPOのマネージャーは、まったく新しいサービスのモデルを示すのに役立て、オーストラリア国内外でそのサービスを展開しています。
企業政策の担当をしているデンマーク国政府のマネージャーは、「共感とは、別の人の立場、市民の立場に自分を置くことである。しかし、それは感情的になるという意味ではない。デザインは、幅広い意味から人々の振る舞いや市民の体験を理解することである」と答えました。
デンマークの社会的な組織のマネージャーは、「デザインプロセスは強力であり、新しい解決策をデザインし続けなければなりません。それらの解決策がある点に達したら終わりを迎えることに気付く。そして、次のものをデザインするということなのだ」と答えました。
まさに、人間中心デザインを取り入れることで、常にデザインし続けていくことができる組織としてのキャパシティに繋がっていくのだと思います。
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