行政の現場を支える「デザイン」の考え方。デジタル庁のデザイナーの取り組み
「Visit Japan Web」や「ワクチン接種証明書アプリ」「マイナポータル」など、デジタル庁ではさまざまなサービスを提供しています。こうしたサービスを開発する際に大切にしているものが、ユーザー目線の「サービスデザイン」という考え方です。
誰もが行政サービスを簡単に使えるよう工夫したり、省庁や自治体の垣根を超えてスムーズに情報を共有できる仕組みを考えたり……。「サービスデザイン」の考え方は、デジタル庁のみならず行政機関にとって欠かせないものです。
すべての人によりよい行政サービスを利用していただけることを目指して、デジタル庁ではデザイナーを募集しています。
具体的な職種と業務内容に加えて、デザインの考え方がどのように行政の現場で活かされているのか――。デジタル庁noteでは、実際にサービスデザイン領域の業務に携わる行政官とデザイナーの二人に話を聞きました。
「ユーザー目線」の設計を重視
――「行政機関でデザイナーが働いている」と聞くと、意外に思われる方が多いかもしれません。日々、どんな仕事をされているのでしょうか。
鈴木:
ユーザー視点に立った行政サービスを実現する上で、実はデザイナーとしての考え方が必要とされている場面がたくさんあります。
まず、簡単にデジタル庁の組織と合わせて業務内容をご紹介します。
デジタル庁には4つのグループと、専門領域ごとに「ユニット」という組織の単位があります。加えて、庁内では「マイナポータル」や自治体や行政機関向けの「VRS(ワクチン接種記録システム)」などサービスごとにプロジェクトチームが組まれています。
行政サービスを国民の皆さんに簡単、便利に使っていただけるようにするためには、様々な課題を解決する必要があります。そのために各ユニットの専門人材が集められ、自らの知見を活かしています。
サービスデザインを専門に扱う「サービスデザインユニット」には、アプリやウェブサービスなどに携わってきた様々なプロフェッショナル約20人が活躍しています。私も前職は民間企業でデジタルプロダクトのデザイナーを務めていました。
外山:
デジタル庁が重んじているのが、ユーザー目線で利便性の高いサービスを設計する「サービスデザイン」の考え方です。
たとえばデジタル庁では、アプリやサービスを公開した後、その後の使い勝手などをリリース後も調査をしています。ユーザーから寄せられた意見や反響を改善に繋げています。
ユーザーからの意見を受けて積極的にアップデートをする姿勢は、デジタル庁が重んじている文化だと思います。
――ひとつひとつのサービスと伴走しながらの仕事は、事業会社のデザイナーの働き方と近いかもしれません。
鈴木:
たしかにそうですね。「プロダクトデザイナー」を中心に、ユーザー目線でサービス体験を改善することが常に求められます。
プロジェクトで発生する様々な課題に対してプロジェクトメンバーと協力しながら解決し、リリースまで進めていく必要があります。
加えて、プロジェクトを進める中で得られた新たな知見を他のプロジェクトで活かせるようにサービスデザインユニットで知見を共有し、仕組み化することも大切です。
すべてのプロジェクトにデザイナーをアサインできるわけではなく、むしろ限定的です。ですので、デザイナーがいないプロジェクトにおいても一定の質を担保できるような仕組みを作る必要があります。ここは、仕組みを作っている真っ最中です。
重要度の高い個別のプロジェクトへ伴走しつつ、全体展開できるような仕組み化を進めることでプロジェクトの全体最適を図ることは、私たちの重要な役割です。
デザインの考え方で「わかりやすい情報」を
――サービス・プロダクトの設計やグラフィックの作成のような業務だけでなく、デザインの考え方が活かされる場面が多そうですね。
鈴木:
私自身は、庁内のメンバーやチームの間をとりもって意思疎通を測り、プロジェクトを進めていくコミュニケーションのハブとしても役割も担っています。
効率的にプロジェクトを進め、よりよいサービスを実現するためには、チームメンバーとの連携が大切です。サービス全体を見通して、ユーザーの利用体験を高める工夫や課題の解決方法を提案しています。
サービスデザインの知見を行政サービスに役立てられる環境をつくることも、私たちの大切な仕事です。これは「デザインコミュニティマネージャー」という職種にあたります。
デジタル庁の各プロジェクトでは行政官と民間人材がバディを組み、相談しあいながら仕事をしています。そして、省庁や自治体の枠にとらわれないサービスデザインのコミュニティづくりも目指しています。
言うなれば、「行政にデザインの知見を取り入れてみよう」と思ってくれる仲間を広げる試みです。
――行政官と連携して多くの人のために働ける環境は、デジタル庁のデザイナーならではのやりがいかもしれません。
外山:
デジタル庁では民間企業でいう「コーポレートデザイン」にも力を入れています。具体的には四半期報告や年次報告などで、企業の株主総会や決算発表などのIR(Investor Relations、投資家・株主向けの経営情報)に近いものです。
私はコミュニケーションデザイン担当の行政官として、これらを作成する取りまとめも担当しています。コミュニケーションデザインチームは報道、マーケティング、WEB、SNS、オープンガバメント担当など総勢約80名のメンバーが所属しています。
デジタル庁の窓口として、こうした広報資料を庁内で作成するときには、各プロジェクトの担当者、デザイナーなどの間でコミュニケーションのハブとしての役割を担っています。
デザインの考え方を行政に活かすには、政策に携わる行政官と民間人材が、サービスデザインの考え方をともに分かち合うことが大切です。
デザインの世界で使われる専門用語と行政で使われる特有の専門用語、双方のニュアンスを翻訳して、全員が共通認識を持てるように調整をしています。
鈴木:
国民の皆さんにわかりやすく伝えられるよう、広報チームがプロジェクトの担当者と密にやり取りをしながら、サービスデザインユニットの「ビジュアルデザイナー」が作成をサポートしています。
行政サービスで重要な「人間中心」の考え方
――デジタル庁のメッセージを伝える上で、デザイナーが携わる領域は幅広いですね。
鈴木:
行政サービスの手続きを資料やウェブサイトでご紹介するとき、適切な情報をわかりやすく伝えられるようにする工夫もその一つです。
これはまさに今向き合っている課題でもありますが、行政サービスは、伝えなければならないことも多いため、情報量が多く、また難しくなってしまいがちです。
また、同じサービスに関して伝えているのに、イラストやビジュアルの雰囲気が異なるために同じサービスだと気付けない、とにかく全部読まないと分からない、ユーザーの頑張りに頼ってしまっているという課題があります。
そうした課題に対して、「誰に対して、何を、どのように伝えるか」を整理し、視覚的な情報に一貫性を持たせることで、ユーザーが内容を理解しやすくすることができます。
この取り組みにおける一つとして、デジタル庁では「イラストレーション・アイコン素材」を制作し、公開しています。これは、省庁や自治体、民間事業者をはじめ、どなたでもご利用いただけます。
これまでは、行政手続に関するイラストやアイコンは、独自に制作するしかありませんでした。「イラストレーション・アイコン素材」を一般に公開することで、重複した制作時間や費用を軽減でき、デジタル庁内外における行政サービスの理解を高める一助になればと思っています。
公(おおやけ)の立場として、こうした社会還元もデジタル庁におけるデザインの重要な役割です。
――誰にでも伝わる「わかりやすさ」は行政のデザインにとって重要な要素ですね。
外山:
行政官としても、デザインの力を実感する機会が増えています。
庁内外でプロジェクトについて説明する資料スライドを作成する際、統一テンプレートやイラスト・アイコン素材があることで、より伝わりやすい資料をつくれるようになりました。
これまでの行政の現場では、イラストやアイコンなどのビジュアル素材を用いたコミュニケーションにあまり力を入れていなかったように感じていました。相手の理解を得ることよりも、なるべく詳細まで文字情報を詰め込んだ体裁になってしまうことが多かったように思います。
デザインのプロが作成した手本やレギュレーションがあることは、行政の現場のサービスデザインの推進にもつながり、国民の皆さんに向けて行政の情報をわかりやすく説明しやすくなります。サービスの利便性が高まるヒントや業務の効率化につながる知見も日々共有できます。
鈴木:
「誰もが情報にアクセスでき、利用できること(アクセシビリティ)」は、行政のウェブサイトやアプリにとって極めて重要です。
アクセシビリティは、プロジェクトの企画段階から「使えない・アクセスできない」人を生んでいないか常に考慮していくべきものです。
身体的な障害があるかないかに関わらず、どのような環境下の人でも等しく情報を受け取ることができる状態が、サービスにアクセシブルな状態です。
加齢や怪我等で、それまでできていたことができなくなることは誰にでもあります。他の人にとってはなんでもないことが、誰かにとっては障害になるかもしれません。
「誰の」「どのような苦痛に対して」「どのように解決しようとしているか」ということを、ユーザーの気持ちに共感して考えるところからスタートする必要があります。
組織内の課題を解決しようとプロジェクトを立ち上げても、実際のユーザーがほとんどいなかったり、ユーザーの苦痛を解決できていなかったりしたら、それは良い体験とはいえません。
サービスデザインは、デザイナーだけで実現できることではなく、政策・事業の主体である行政の方々に理解していただき、一緒にプロセスを構築していく必要があります。
外山:
行政の世界でも、サービスデザインの考え方は広がってきています。きっかけとなったのが、2018年に特許庁と経済産業省が発表した「デザイン経営宣言」(※)でした。
デジタル庁でも、自分たちの使命や目標を明文化した「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)」を策定していますが、他の省庁でも人間中心のサービスデザインの重要性が広がっていると感じます。
――「人間中心」の考え方ですか。
鈴木:
ユーザーの目線を重んじる「デザイン経営」が広まった背景には、時代とともに消費者の価値観が変わり、ものづくりの思想が変化したこともあると思います。
大量生産・大量消費の時代が終わり、一人ひとりのユーザーが何を求めているかを考えないと商品が売れない時代になったのかもしれません。それは民間のデザイナーとして働いていた時に感じました。
世界ではSDGsの考え方なども広がっています。行政官の方の中でも「いまの行政サービスは、本当に国民の皆さんのためになっているのだろか?」という問いを持つ方が増えていると感じます。
日本政府のスタートアップ、それが「デジタル庁」
――ここまでの話を振り返ると、デジタル庁ではデザイナーが庁内外を問わず幅広い領域で専門性を発揮できる機会があるように思います。
鈴木:
デジタル庁は2023年9月1日で設立2年を迎えました。新しい行政組織だからこそ、多種多様な人材が行政と民間から集まっています。
専門的な能力を活かしつつ、多様なバックグラウンドと異なる専門スキルを持つ職員と一緒に働けることで、お互いに学び合える機会が多く存在します。これはデジタル庁で働く醍醐味の一つだと思います。
外山:
行政官と民間出身の専門人材が協力して一つの省庁を立ち上げる、歴史上まれな瞬間に立ち会えること。そして、霞が関の文化を変えるスタートに立ち会えるかもしれない。そんな貴重な体験ができるのが、デジタル庁だと思います。
実際デジタル庁の取り組みを受けて、他の行政機関でもデザイナーが活躍できるポストが募集されたと聞きました。
鈴木:
デジタル庁は政府の中ではスタートアップ企業のような立ち位置ですが、生み出せるインパクトは非常に大きいものです。
現在、デジタル庁のサービスデザインユニットでは人材を募集しています。日本に暮らすすべての人の暮らしを、デザインの力でよりよいものにしたい――。そんな思いを持つ方のご応募をお待ちしております。
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