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行政のデザインに「ユーザー起点」をいかに取り入れるべきか。デジタル庁CDO浅沼、KESIKI石川、Takram田川が語る――第2回「Govtech Meetup」レポート

デジタル庁は、国内のGovtech(行政の利便性を高めるテクノロジー)に関わる関係者のエコシステム形成を目指す「Govtech Meetup」を2021年12月から開催しています。2022年3月までに計7回の開催を予定しており、先日は第1回のレポートを公開しました。

1月13日に「行政に求められるデザインとは?」というテーマで行われた第2回は、行政サービスのデザインで豊富な実績を持つ、KESIKI INC.パートナーの石川俊祐さん、Takram 株式会社代表取締役の田川欣哉さんが参加。デジタル庁からはCDO(Chief Design Officer)の浅沼尚、モデレーターとして広報の高野葉子が登壇しました。
イベントでは、デジタル庁デザインチームの取り組みが共有され、行政においてデザインが果たすべき役割や今後求められる人材などについて議論が交わされました。

ゲストプロフィール
石川俊祐
:多摩美術大学特任准教授。パーパスブランディング、カルチャーデザイン、教育プログラムの開発から新規事業創出まで、数々のプロジェクトを主導する。ロンドン芸術大学Central St. Martins卒業後、Panasonic Design Companyでプロダクトデザイナーとしてのキャリアをスタート。英PDD Innovations UKのCreative Leadを経て、IDEO Tokyoの立ち上げに従事した。2018年よりBCG Digital Venturesにて、大企業社内ベンチャー立ち上げに注力したのち、2019年にKESIKIを設立。日本デザイン振興会、TBDA審査委員。特許庁I-OPENプロジェクト有識者メンバー。Forbes JAPAN世界で影響力のあるデザイナー39名に選出。著書に『HELLO, DESIGN 日本人とデザイン』がある。

田川欣哉:Takram代表取締役。プロダクト・サービスからブランドまで、テクノロジーとデザインの幅広い分野に精通するデザインエンジニア。グッドデザイン金賞、 iF Design Awardなど受賞多数。東京大学工学部卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修士課程修了。2015年から2018年まで英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授を務め、2018年に同校から名誉フェローを授与された。経済産業省産業構造審議会 知的財産分科会委員、日本デザイン振興会理事、東京大学総長室アドバイザーを務める。

浅沼尚:デジタル庁CDO、Japan Digital Design株式会社CXO(Chief Experience Officer)。2018年から三菱UFJグループ戦略子会社においてCXOとしてデザインチームの組成、三菱UFJグループと協業による新サービス開発の体験デザイン、従業員体験デザインを中心とした組織開発に従事。2021年9月からデジタル庁のCDOに就任。大手企業のインハウスデザインとデザインコンサルティング経験を活かし、大規模プロジェクトにおいてデジタルプロダクトからハードウェアまで幅広い領域でデザインプロジェクトに参画。IF Design Award、Red Dot Design Award、グッドデザインアワード等、国内外のデザイン賞を受賞。


どのプロセスにおいても「ユーザー起点」を大切に

デジタル庁における主なデザイン活動1.サービス・プロダクト 2.コミュニケーション 3.プロセス・チーム 4.コミュニティ
デジタル庁における主なデザイン活動

デジタル庁における「デザイン」の定義とは何か。イベント冒頭、事前に寄せられた質問で多くあった声をもとに、浅沼がデザインチームの取り組みについて説明しました。

デジタル庁の主なデザイン活動で重視されているのは次の4つ。素早いサイクルで「サービス・プロダクト」をつくること、計画や活動をストーリーとして伝える「コミュニケーション」、サービス設計とプロダクト開発の両者でガイドラインや基準などの整備を進める「プロセス・チーム」、民間事業者や各種団体と協働する「コミュニティ」です。

2021年9月の創設から、デジタル庁Webサイト新型コロナワクチン接種証明書アプリ「デジタル社会の実現に向けた重点計画」紹介資料などにデザイナーが携わってきました。

浅沼:短期間のリリースが求められる中、立ち上げのタイミングでここまでできたことには一定の成果を感じています。100%やりきれたわけではありませんが、ユーザーからフィードバックをいただき、セカンドリリースにつなげられた事例もありました。今までの行政サービスはリリースして終わりになることが多かった。デジタル庁はどのプロセスにおいても「ユーザー起点」で考え、改善を重ねることを大切にしていきたいです。

デジタルCDOの浅沼尚が話している様子
デジタルCDOの浅沼尚

KESIKIは、これまで特許庁における「デザイン経営(デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法)」定着に向けた支援事業に並走した実績を持ちます。Takram Japanは、内閣府が公開する地域経済分析システム「RESAS」「V-RESAS」のプロトタイプ開発などに携わりました。民間だけでない幅広い実績を持つ両社の目線から、行政におけるデザインの役割や「ユーザー起点」の重要性について話は展開していきます。

石川:KESIKIにおけるデザインアプローチは、いかに優れたサービス開発を作るかに活かされるだけでなく、どのようにチームが一丸となって、ユーザーへの共感度の高い環境を生み出し、複雑な課題にチャレンジできる環境を生み出せるかを重視しています。これはシンプルな話のように思うかもしれませんが、非常に難しいことです。ユーザーの感覚をどれだけ自分事として感じられるかを、カルチャーレベルから行政もアプローチしていく必要があるでしょう。

例えば、イギリス政府が掲げている「Design Principles(デザインの原則)」では、最初の項目に「Start with user needs(ユーザーニーズからはじめよう)」と記されています。説明文にも「empathy(共感)」という言葉が使われており、ユーザーと同じような感覚になるまで共感することが前提とされています。こういったユーザー共感を軸にしたアプローチを組織カルチャーに浸透した状態にするためにも、、まずDesign Principlesのような共通の指針を持つことが重要だと考えています。

田川:行政がデジタルサービスをリリースする際は、公共性やプロセスの透明性を担保しなければいけないこと、ペルソナが「市民」「行政」「政治家」など複数あり、それぞれニーズや使い方も違うことから、意見を集約して進める難易度が民間よりも非常に高いです。

その過程において、デザインが果たせる役割は2つあると考えています。1つは浅沼さんや石川さんが述べたように、カルチャーレベルで「ユーザー起点」を取り入れること。2つ目は「具体的に議論すること」です。行政は計画や仕様など抽象レベルの高いところでは密度が濃くなりますが、具体化するときに解像度が落ちる傾向にあります。そのときプロトタイプを作り、最終的な使用イメージまで素早く具体化するのはデザイナーの腕の見せ所です。デジタル庁にインハウスのデザインチームがある意義もそこにあるのではないでしょうか。

Takram Japanの田川欣哉さんが話している様子
Takram Japanの田川欣哉さん

ユーザーの想いや行動を深く観察し、改善を積み重ねる

では、さまざまなステークホルダーを巻き込む必要がある行政のデジタルサービスにおいて、どうすれば「ユーザー起点」を取り入れることができるのか。
モデレーターの高野からの問いに、石川さんはイギリスで生まれたカーシェアリングサービス「Streetcar(米企業Zipcarが2010年に買収)」の体験デザインを例に挙げました。

Streetcarが特徴的だったのは、「罰金」の仕組みです。一般的なカーシェアリングの場合、車を返す際に予定時刻から遅刻すると、企業に追加料金を支払わなければいけません。しかし、Streetcarの場合、追加料金を次のユーザーに支払う仕組みとしたのです。

石川:企業が罰金を回収すれば、企業以外は恩恵を受けません。その点、Streetcarはユーザーの幸せが何かを考え、仕組みに落とし込みました。これは最も良くできた体験デザインの一つだと思っています。一方で、デザイナーだから考え付くものでもありません。

ユーザーの想いや行動を深く観察すること、これがStreetcarから学べる「ユーザー起点」の浸透に必要な要素ではないかと思っています。そのためには、サービスが完全に完成してからではなく、プロトタイピングの段階から世の中に出してみること。そこから得られた声やデータをもとに改善を繰り返すことで、小さな成功体験を積み重ねることが重要です。

ユーザーにとっても「はい、できました」と完成品を渡されると、飲み込むところから始めなければいけません。その点、不完全なものは参加しやすいですし、ユーザーが「一緒につくった」と思えるコミュニティを育てることで、サービスへの愛着も生まれていきます。

KESIKI INC.の石川俊祐さんが話している様子
KESIKI INC.の石川俊祐さん

田川:デザイナーが入ったときのプロセスの違いを、地道に理解してもらう必要もあると思いますね。行政の方は勘所をつかむのが早いので、2〜3割が体感すれば「ユーザー起点」はカルチャーとして浸透していくでしょう。そのスピードを早めるためには、教科書的なことを学ぶのもそうですし、エンジニアや意思決定層などにユーザーヒアリングを自分でやってもらうとか、外に出かけて実際に現場を見てもらうなども一つの方法かもしれません。

「ユーザー起点」がカルチャーとして浸透すれば、デザインを導入する摩擦係数は圧倒的に下がります。浸透していなければ、デザイナーとそうでない人との間にハレーションが生まれてしまいます。今回、100ページ以上の膨大な情報量がある「重点計画」において、デジタル庁のデザインチームが「一般の方に分かりやすく伝えるには」という問いのもと紹介資料を作成したのは、「ユーザー起点」のデザインアプローチだったと思います。

浅沼:デジタル庁の場合、ユーザーが「国民全体」となることが多いため、ユーザー起点に考えるデザイナーとしてはどうしたらいいかと悩むこともあります(笑)。でも、最近は国民全体でいいと思っているんです。

そのとき従来のような一つのサービスだけで全ての人をカバーしようとするのではなく、複数のサービスでアプローチをすればいいのかなと。つまり、最終的なゴールとして全ての人が同じ価値を享受できればいいのであって、アプローチは複数あってもいいと考えています。デジタルの良いところはローコストでさまざまなソリューションのパターンを作れることです。少しずつマインドセットを変えていけるよう取り組んでいきます。

デザインは足し算でなく「何を捨てるか」という作業

最後のテーマとなったのは、行政のデザイナーに求められるスキルについてです。
田川さんは、さまざまな条件を咀嚼しながらアウトプットする「統合力」と、どのような価値を発揮できるのか分かりやすく説明をする「コミュニケーション能力」を挙げます。物事が複雑化しやすい行政において、どちらのスキルでも共通して重要なのが“物事をシンプルにすること”。足し算ではなく、捨てる作業がデザイナーに求められると語ります。

Govtech Meetupは毎回、オンライン上で開催しております

田川:私たちが区役所や市役所に行って記入する書類は、書く順番が分かりづらかったり、「このパターンはこう書いてください」といった難しいルールがあったりして、戸惑ってしまうことがよくありますよね。これまではユーザーが頑張って調べて解決するか、窓口の人が人力で書き方をサポートするみたいな形で対応されてきました。こういった仕組みは、まさにデザインやユーザーへの共感が欠落して出てしまっているものだといえます。

デジタルの場合、ヒューマンスキルの介在なしで、設計したものが直接ユーザーに提示されてしまいます。そのため、物事をシンプルにしなければ使ってもらえません。たくさんある情報の中で、「何を捨てるか」がデザイナーの発揮できるセンスだと思っています。

石川:足し算ではなく、引き算ができるかというのは重要な視点ですよね。表面に見えているUI(ユーザーインターフェイス)がデザインだと誤解され、とにかく足し算をすること、情報を全て提供することが正しいと思われていることもあります。ここでも「ユーザー起点」や共感が前提としてなければいけないという話になるのですが、どう体験をしてもらうか、どう直感的に使ってもらえるかが、デジタルのデザインにおいては必要です。

KESIKIでは「思いやり」と「優しさ」というシンプルな表現をするのですが、一人ひとりに対して想像を巡らせる、そんなマインドを持つ人材が行政にも求められていくでしょう。

浅沼:デジタル庁では、どうしたらゴールに素早く到達できるか、行政サービスの知識がないユーザーでも使いやすくするにはどうしたらいいかという視点を欠かさず持つようにしたいです。その点、民間人材が多く入っているのと、まだ規模は小さいですが優秀なインハウスのデザインチームもあるので、少しずつ良い方向に変えられると思っています。

田川:もう一つ大切な視点として、法体系の話もありますよね。デザイナーやプロダクトマネージャーがいくら「ユーザー起点」の指針を示したとしても、今の法体系では成立しない可能性も出てくると思います。そのときユーザーと法律どちらも複眼的に見て、1万個の選択肢から1個だけある正解を探すみたいな嗅覚が、デジタル時代の行政官の方々に求められる新しいスキルなのではないでしょうか。宝探しみたいな話ではありますが、どのようなプロセスで進めたら交差点を発見できるか、どのようにしたら組織の合意がとれるのか、そのあたりも大きな課題ですし、行政官の方々の大きなチャレンジとなっていくでしょう。

第2回Govtech Meetup登壇者:左からTakram田川さん、デジタル庁浅沼、高野、KESIKI石川さん
第2回Govtech Meetup登壇者

パネルディスカッション終了後、「ブレイクアウトセッション」としてZoom上で参加者同士の交流時間が設けられ、2回目のGovtech Meetupは幕を閉じました。当日の様子はYouTubeでも公開しているので、ぜひご覧になってみてください。

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