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「自由な試行錯誤ができる環境を」 CTO藤本、IPA登、日本IBM戸倉が語る、デジタル庁のあるべき開発組織とは――第4回「Govtech Meetup」レポート

デジタル庁は、国内のGovtech(行政の利便性を高めるテクノロジー)に関わる関係者のエコシステム形成を目指す「Govtech Meetup」を2021年12月から開催しています。2022年3月までに計7回の開催を予定しており、先日は第3回のレポートを公開しました。

2月9日に「エンジニアによる行政課題の解決とは」というテーマで行われた第4回は、独立行政法人 情報処理推進機構(以下、IPA)の登大遊さん、日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)株式会社の戸倉彩さんが登壇。デジタル庁からはCTO(Chief Technology Officer)の藤本真樹、人事・組織開発の唐澤俊輔がモデレーターとして参加しました。

イベントでは、行政がプロダクト開発に携わる意義やコミュニティの変遷、ゲストがデジタル庁に期待をしていることなどについて議論が交わされました。「けしからん」節で知られている、登さんが熱く提言する開発組織の在り方についても注目です。

ゲストプロフィール
登大遊
:情報処理推進機構(IPA) 産業サイバーセキュリティセンター サイバー技術研究室長。企業や自治体で広く使われているテレワークシステムやSoftEther VPN(暗号通信) 技術などを開発しているソフトウェア技術者。世界中に数百万人のユーザーを有する。2004年大学在学中にソフトイーサ社を起業。2017年から筑波大学産学連携准教授。2018 年からIPAサイバー技術研究室長。2020年からNTT東日本本社 特殊局員(いずれも現役)。

戸倉彩:約20年にわたるシステムエンジニア、プロダクトマーケティング、テクニカルエバンジェリスト、スタートアップCTOなど抱負なキャリアに基づく知見を活かし、現在は日本IBMに所属。カスタマーサクセスチームを率いながら、DX推進に欠かせないハイブリッドクラウド、データや人工知能の活用を推進する。プライベートではオープンソースプロジェクトの貢献やITエンジニアのコミュニティ運営に取り組みながら、誰もがテクノロジーで社会に貢献できる世界を実現することに情熱を注ぐ。テックカンファレンス、セミナーの登壇多数。著書に『DevRel エンジニアフレンドリーになるための3C』(翔泳社)、『無料ではじめるWindows Azure×WordPress超入門』(インプレスジャパン)など。

藤本真樹:デジタル庁CTO。上智大学文学部を卒業後、株式会社アストラザスタジオを経て、2003年1月有限会社テューンビズに入社。PHPなどのオープンソースプロジェクトに参画しており、オープンソースソフトウェアシステムのコンサルティングなどを担当。2005年6月にグリー株式会社取締役CTO(現任)、2021年9月にデジタル庁CTOに就任した。


今だからこそ、より普遍的な発明品を生み出す

最初のトークテーマとなったのは、「行政がプロダクト開発に携わる意義」です。最初にモデレーターの唐澤から戸倉さんに、日本IBMで大規模システムの開発に携わる中、ソフトウェアの観点からどのような変化がうまれているか、と問いが投げかけられました。

戸倉:従来は特定のベンダーがシステムを構築していたのですが、世の中が複雑化し、最近はベンダーだけで実現できないことが増えてきました。日本IBMでも他社とパートナーシップを組んだり、自社製品だけでなくオープンソースソフトウェア(OSS)を活用して課題解決を進めたりと、色んなコラボレーションをすることが増えていますね。

藤本:行政という文脈では、エストニアがデジタル政府ソリューションをOSSにしていたのが印象的です。国内でもOSS化が進むと盛り上がるんだろうなというのも分かりつつ、課題も多いと感じています。その点について、お二人はどのように考えていますか?

藤本がマイクを持って話している様子
デジタル庁CTOの藤本真樹

戸倉:一個人がコードを書き、色んな場所で実用化される可能性があるのは、エンジニアの夢が広がっていると思います。私自身もOSSに初めて出会ったとき、良い意味でショックを受けました。ただ社会にデプロイするとき、セキュリティやメンテナンスに関する設計をしっかりしないと恩恵は受けられません。どのような目的で、誰が運用するか透明性を保ちつつ合意形成することができたら、行政でも可能性があるのではないかと思います。

:行政システムをOSS方式で開発するとしたら、行政特有の業務に関する個別のアプリケーションをOSS化するのではなく、そのようなシステムを支えるため仮想ネットワークやクラウド、プログラミングプラットフォームなどの基盤システムを必要に応じて自分たちで試行錯誤して開発し、その成果物をOSSとすることが良いのではないでしょうか。

例えば、行政事務アプリは民間の業務システムと比べて発生する状態の数が各段に多く、非同期的な待ち状態や思ってもみなかったパターンが発生する局面が多く、ステート状態の種類が爆発的に増えるプログラミングを要求される分野です。そして、システムのセキュリティも極めて高いレベルが求められます。こういったものを、既存の枠組みだけで作ろうとすることは、相当な苦行を多くの人に強いることになりますし、面白さがありません。

だからこそ、この行政システムという複雑な要求のアプリケーションを下で支えるシステムソフトウェア領域における進化を目指すべきです。たとえば昔、アセンブラ言語しかなかったときにコンパイラが発明されたり、C言語しかなかったときJavaが発明されたりしたのと同じように、システムソフトウェアやクラウド、ネットワーク、データベース、ビッグデータエンジンなどの領域で、より革新的な普遍的発明品を生み出すチャンスと考えています。

日本特有の行政システムの業務ロジックのアプリはOSS化したとしても、他の国ではあまり価値はありませんが、それを支える基盤レイヤのシステムを、もし行政システム関係者たちが創意工夫をして作り、豊富な共通部分が生み出されたとしたら、それは世界中で普及しますし、世界中で産業化したりすることもできる価値の高い日本製の成果物になります。

藤本:プロダクトの開発や改善をするとかのレベルではなく、デジタル庁の取組みを成長戦略の一つとして産業そのものに発展させていくという感じですかね。

:まさにそうで、日本における技術革新を振り返ると、行政上の需要があるときに、官民連携で力を合わせて生み出したものが、100年後の今の日本を支えています。例えば、造船技術は日本人が昔ヨーロッパに出かけて全部教えてもらっていたのですが、その後、独自の開発を進め、国の中で造船所も作り技術革新をして、ついには世界一となりました。

この法則は、コンピュータ技術にも当てはまると思っています。たとえば米国においても、インターネットが作られて発展した際をみると、行政上の需要に応じて産官学が連携して色々な試行錯誤を行なった成果です。日本でも、優秀な人々が集まっているデジタル庁ができたのですから、まずは外国人がこれまで作ってきたOSやクラウド、インターネットといった既存技術や製品を学び、それらがだいたいどのような仕組みになっているのか研究してほしい。理想としては、我々日本人も少なくとも同じものを作れるようになるまで試行錯誤しながら、次第に自分たちでより良いものを作って動かしてみると良いと思います。

この積み重ねが課題解決の下支えやデジタル庁の人材育成になりますし、その結果、日本の行政システムを支えることができる、外国産よりもより良い品質・性能・機能のものができたならば、それは世界中で信用されます。まずOSSとして普及し、しばらくすると産業化も実現でき、日本は米国のようなICT大国になることができるでしょう。

第4回「Govtech Meetup」の開催時の様子
第4回「Govtech Meetup」の開催時の様子

ベースラインとトップラインの両方を上げていく

行政がプロダクト開発に携わる意義を超えて、登さんからデジタル庁に熱い提言をもらった前半。続いて、あらゆる人がテクノロジーを活用するようになった時代の中で、エンジニアに求められる役割とは何かについて、議論は進んでいきます。最初にエンジニアのコミュニティ運営に長年関わってきた戸倉さんから、業界の変化について言及がありました。

戸倉:私が幼少期のころはインターネットが普及し始めたころで、パソコンに触れる機会はあったけれど、リテラシーを身に付けるのは自力でやらなければいけませんでした。

特に駆け出しエンジニアのころは、「女性であること」で苦労したのを覚えています。例えば、サーバのメンテナンスは深夜や休日にするのですが、当時は「女性だから」という理由で、休日に働いてはいけないという空気感がありました。深夜のメンテナンスは色んなことを学べるチャンスなのに、女性というだけでその機会がなくなっていたということです。

ただ時代は移り変わって、最近は性別や年齢に限らず参加できるコミュニティが生まれたり、無料で学べる機会があったり、「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」を実践するIT企業が増えたりと、良い意味で業界全体の変化を非常に感じていますね。

戸倉さんがマイクを持って話している様子
日本IBMの戸倉彩さん

藤本:エンジニアが足りないと言われているのに、性別によって機会の差が生まれる状況はナンセンスなので、できる人・好きな人がどんどん挑戦できる環境にしていきたいですね。

デジタル庁の場合、ミッションに「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を。」という言葉を掲げています。とても難しい言葉だなと思いつつ、エンジニアでいくと、あらゆる人のスキルを底上げするというベースラインと、最先端にいるトップラインをどう伸ばすか両方を考えなければいけません。人口が減る中で、国としてどう生き残るかを考えたときに、テクノロジーで生産性を挙げることが求められています。そのため、ベースラインに全て合わせようとすると、実現したい未来が見えづらくなってしまいます。ベースラインを上げていくためにも、まずはトップラインも上げないといけないと思っています。

:エンジニアには、大別して、好きでやっている人と職業としてやっている人の2通りがいますが、両方兼ね備えることが結果的に一番良いと思います。デジタル庁にも、両方兼ね備えた方々の割合ができるだけ増えるといいですね。また、行政の場合、コンピュータ技術について必ずしも専門でないお偉い方々に正しく、上手く説明しなければいけないときがありますよね。それも含めてできるエンジニアの生み出す価値は、大変高いので、そのような方々の割合が増えれば良いと思います。説明する力を身に付ける必要があるエンジニアにとっては、行政で働くことが、何より面白い機会になるのではないかと思います。

自治体職員7万人が使う「けしからん」システム

登さんがマイクを持って話している様子
IPAの登大遊さん

既存の確立された方法でなく、創意工夫を凝らして、新しいやり方に挑戦すること。登さんが言う「けしからん」という言葉には、このような意味が込められています。最後のトークテーマは、「デジタル庁に求めるパフォーマンス、期待とは」。ここで登さんは、自由な試行錯誤によって生まれる「けしからん」技術の重要性について強調します。
“天才プログラマー”として知られ、IPAサイバー技術研究室長の他、ソフトイーサ株式会社代表取締役、筑波大学産学連携准教授、NTT東日本本社 特殊局員も勤める登さん。2021年にデジタル大臣が初めて表彰した「デジタル社会推進賞」では、金賞を受賞しています。
「けしからん」技術の事例として、登さんは自治体向けテレワークシステムとして開発した「for LGWAN」を紹介してくれました。自治体職員7万人以上に活用されているfor LGWANで、LGWAN網と行政職員の自宅との通信を中継する部分の接続経路は、なんと冗長化されていない1本の光ファイバー芯線で構築されてきたといいます。

:まともな行政システムであれば通信経路は二重化するのですが、for LGWANは「けしからん」システムとなっています。でも、こっちのほうが面白い。光ファイバー芯線の近くには「絶対触れるな!」と書かれているんですよ(笑)。

このほうが、いかにこのシステムを落とさないか、切れてしまったときにいかに早く復旧させることができるかの、機材やソフトウェア、体制の構築に真剣に集中でき、結果的に、安易な冗長化を施すよりも品質や信頼性が高まる結果になっています。

また、IPAで高度なテレワークシステムをすぐに作ることができたのは、2017年ごろから自分たちでIPAにインターネットにBGPという仕組みで直結するシステムの部分から自分たちで作り、運営管理してきたためです。グローバルIPアドレスも16,000個くらいを直結して、研究室のメンバーはファイアウォールなどを一切経ることなく直接利用できるようになっています。インターネット接続部の管理・監視システム、ファイアウォールなども自作して運用しています。このようにすれば、すべてのレイヤについて、いつでも危機意識を持ってインターネットと接することになり、もはや他の組織や外注に頼ることができません。結果的に、IPAでは極めて高いセキュリティと性能を実現でき、多数のサイバーセキュリティ人材の育成にも成功しています。5年間でセキュリティインシデントはゼロです。

ネットワークも普通は行政システムを作るときは通信事業者に頼むものですが、IPAでは自分たちで作っています。私も、NTT東日本の社員になる前、学生のころから遊びでNTT東日本の電話局に入り浸って、ダーク・ファイバーや電話局舎のスペースを活用した完全自前の超高速ネットワークを作っていたのです。それを活用できたので、高性能で低コストなシステムを作ることができました。また、数十万ユーザーを常時処理できる大規模・分散型のテレワーク通信の中継システムを、C言語でシステムレイヤーから一から書いたり、「Raspberry Pi」をいっぱい並べたりして、楽しんで作ったものがfor LGWANの基盤になっています。こういったものを、従来方式のまともな行政システムのプロジェクトとして開発しようと思ったら何年もかかってやる気がなくなるのですが、我々はこのようなものを従来のやり方と異なる方法で、2週間くらいで作り、高品質を実現しています。

for LGWANの裏側にあるシステムの様子「その裏側は、ちゃんと、このようなインチキ・システムになっているのである。」
for LGWANの裏側にあるシステム
for LGWANで使われている光ファイバー芯線「コレ1芯が切れると、700自治体・7万人の自治体職員のLGWAN」
for LGWANで使われている光ファイバー芯線

藤本:ソフトウェアで大事なのは、失敗や事故をどう捉えていくかということですよね。事故や失敗が起こったときにそれを責め立てるだけでなく、次起きないように仕組みを改善できたら、レベルが一段進化するという捉え方が社会全体でできると挑戦しやすくなります。デジタル庁としても、組織として挑戦を積み上げられるような環境にしていきたいです。

:どんなエンジニアでも、心の奥底では「面白いことをやりたいな」と思っているはず。新しい技術や概念は偶発的に生まれるものなので、まずは挑戦の母数を増やすことが必要です。日本のトップ人材が何百人も集まるデジタル庁だからこそ、許容される範囲で、自由な試行錯誤をしていいというメッセージを出すことが大きな価値となるでしょう。

2000年くらいのコンピュータはルールがなく、みんな草の根的に勉強をしていました。でも、最近は「決められた方法でやるのが正しい」という無言の空気感があります。これは行政もそうだし、国立大学でもそうです。デジタル技術について、各組織で自由な試行錯誤が許容され、多くの「けしからん」技術が生まれるよう、私も力を尽くしていきたいです。

戸倉:登さんが開発組織の在り方について言及してくれたので、逆に私はデジタル庁に期待する一人として、最後に視聴してくださった方へのメッセージを届けられたらと思います。

私自身、デジタル庁が設置されるニュースを見たとき、「いよいよ日本も来たな」と嬉しい気持ちになり、「どんな関わりができるかな」「こうなったらいいな」と想像を巡らせました。中には、まだ何の組織なのか分からないと不安な方もいるかもしれませんが、色んな専門性を持つ方々が「デジタル庁を良くするぞ」と知恵を寄せ合い、手を動かしています。

中で働いている人以外にも、さまざまな関わり方が一人ひとりできると思っています。SNSなどを通して最新情報を見るようにしたり、そこで知ったことや学びを周囲にシェアをしたり。自分にできることを通して、一緒にデジタル庁の発展に貢献していきましょう。

登壇者4人が立って横に並んでいる写真。左から戸倉さん、登さん、藤本、唐澤の順に並んでいる
第4回目登壇者のみなさん

パネルディスカッション終了後、「ブレイクアウトセッション」としてZoom上で参加者同士の交流時間が設けられ、4回目のGovtech Meetupは幕を閉じました。当日の様子はYouTubeでも公開しているので、ぜひご覧になってみてください。

また、デジタル庁では通年採用実施中です。デジタル庁のミッション・ビジョン・バリューに共感いただける方からのご応募をお待ちしています。

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