利用者目線で行政サービスを支える。デジタル庁のサービスデザイナーが果たす役割
この国に暮らす、すべての人がデジタル化の恩恵を享受できることを目指して、デジタル庁は日本のデジタル社会実現の司令塔として、国や地方公共団体、民間事業者など関係者の方々と連携し、社会全体のデジタル化に取り組んでいます。
政策やサービスに取り組む上で重んじているものが、ユーザー目線の「サービスデザイン」の考え方です。デジタル庁のサービスデザインユニットでは、誰もが行政サービスを簡単に使えるよう工夫したり、省庁や自治体の垣根を超えてスムーズに情報を共有できたりする仕組みに取り組むなど、利用者の視点を重んじてよりよい行政サービスのデザインの実現に向けて伴走しています。
現在、サービスデザインユニットでは従来の取組をさらに前に進めるため、新たに「サービスデザイナー」を募集しています。
具体的には、多くの国民・民間事業者が利用するウェブサービスやアプリケーションのサービスデザインや国・地方公共団体の行政手続などのデジタル化、医療・介護・教育など準公共分野のデジタル化に関わり、庁内外の人々と連携しながら利用者体験の設計や課題の整理、プロトタイプの作成・テストなどの推進を担っていただきます。
今回のデジタル庁noteでは、サービスデザインユニットに所属する現役職員が具体的な業務内容を交えつつ、「デジタル庁でサービスデザイナーを担う意義」のについて紹介します。
デジタル庁の「サービスデザインユニット」について
──はじめに、皆さんが所属する「サービスデザインユニット」の役割について教えてください。
鈴木:
行政サービスや何か手続をする場面を想定し、利用者の方がどのように考え、どのような行動をするのかを理解した上でサービス設計や体験をデザインし、より利便性の高いサービスを設計することを目指す「サービスデザイン」の考え方を行政の現場に生かせるよう日々取り組むのが私たちのユニットです。
デジタル庁ではさまざまなアプリやサービスを提供していますが、こうしたプロダクトでは実際に利用する利用者(ユーザー)の目線を大切にしています。サービス開始後に使い勝手などを調査し、寄せられた意見や反響を改善に繋げることにも携わっています。
また、既存の行政サービスや手続をデジタル化にするにあたって、現在は紙ベースで実施されている手続や業務を整理する際にも、サービスデザインの価値が発揮されます。
――サービスデザインの考え方はデジタルに限定されたものではなく、「なにが利用者にとって最善か」を重んじるものなのですね。ユニットにはどのような職種の人が所属していますか。
現在はプロダクトデザイナー、コミュニケーションデザイナー、ユーザーリサーチャー、アクセシビリティアナリストなど、民間企業出身の登用人材を中心に24名が所属しています。
・関連記事:行政の現場を支える「デザイン」の考え方。デジタル庁のデザイナーの取り組み
――なるほど。提供側の視点で用意したサービスを利用者に「使わせる」のではなく、利用者の視点を考慮したサービスを設計・開発するという意識が大切になってきそうですね。
鈴木:
そうですね。国や地方自治体などの現場では、行政サービスや日々の業務を支えるシステムが稼働しています。ただ、こうしたシステムの中には、行政起点ゆえに利用者の目線では不便だったり、職員にとっても使い勝手が悪かったりするものもあります。
「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を。」 というデジタル庁のミッションを達成するためには、実際にサービスやシステムを利用する国民の皆さんや、業務に従事する行政職員などユーザーの目線で使い勝手がよいものかどうかが大切です。
顧客起点で利用者中心(人間中心)の考え方を行政の現場でも浸透させることができれば、行政のサービスや手続の利用体験を向上させることができ、行政機関の業務も効率化できると考えています。
大橋:
行政にサービスデザインの考え方を反映しようという構想は、デジタル庁の発足前から進められてきました。たとえば2017年の「デジタル・ガバメント推進方針」では、利用者中心の行政サービス改革推進の考え方として、「サービスデザイン思考」が記されています。
また、2018年には、利用者中心の行政サービスを提供するために必要となる具体的なノウハウとして、「サービス設計12箇条」が規定されました。こうした積み重ねがあった上で、2021年9月にデジタル庁が発足し、政府機関のサービスデザイン専門部署としてサービスデザインユニットが設けられました。
2024年9月にデジタル庁は発足から3年を迎え、府省庁や自治体の垣根を超えてサービスデザインに取り組む環境が整いつつあります。これも、デジタル庁発足に至るまでに、行政官やベンダーの方々が「サービスデザインやアクセシビリティの考え方を行政にも取り入れよう」と試行錯誤を積み重ねてこられたからこそだと実感しています
増田:
サービスデザインの考え方を、行政サービスに役立てられる環境をつくることも、私たちの役割の一つです。省庁や自治体の枠にとらわれないサービスデザインのコミュニティづくりも目指しています。
デジタル庁では官公庁の職員を対象としたデジタル研修を提供していますが、2023年度からはサービスデザインに関する研修も追加されました。
毎回900人ほどの行政官が受講し、サービスデザインの概念や必要性などを共有する機会にもなっています。中には、研修をきっかけに学習意欲が湧き、サービスデザインの先進国であるイギリスの芸術大学に進学を決めた方もいます。
サービスデザインへの理解を深められた行政官の方々が、自らの現場でサービスデザインを実践していただくことで、行政全体にサービスデザインの考え方が浸透し、小さな変化を積み重ねていけるようになるのではないでしょうか。
こうした「デザインの知見を行政の現場にもっと取り入れてみよう」と思ってくれる仲間を広げる研修のような試みは、デザイナーにとっても「気付き」を得られるチャンスでもあります。
たとえば、自分にとっての「当たり前」が相手に伝わらない、といった経験をすると、他の人に伝わるようにさらに言語化したり、理解のプロセスを見直したりもできます。サービスユニット全体にとってもメリットのある取組だと捉えています。
ふり返ると、日本政府は1960年代からデジタル化を推進しようと試行錯誤をしてきた歴史があります。当時の議事録を見ると、「サービスデザイン」という言葉はまだありませんでしたが、それに通じる考えを持つべきだという議論はすでにあったようです。
そうしたデジタル化の試みの中で、デザインという「貴重なピース」が、実際の行政サービスに落とし込める環境が整うようになりました。かつて日本はイギリスなど行政のサービスデザイン先進国から「教えを請う」というスタンスでしたが、デジタル庁発足以降は各国から「日本はいまどのような取組をしているのか」を尋ねてくれるようになっています。
緩やかではありますが、行政のサービスデザインで先をゆく各国と議論できるようなサービスの設計・提供ができつつあると実感しています。
「伴走」と「地盤固め」で、利用者目線の行政サービスを実現する
――現在募集している「サービスデザイナー」は、どのような業務に携わりますか。
大橋:
デジタル庁では、「マイナポータル」や「デジタル認証アプリ」、「デジタルマーケットプレイス(DMP)」をはじめ、さまざまなウェブサービスやアプリケーションを提供しています。また、全国の地方自治体で統一して用いるデータフォーマットの策定などにも関わっています。
サービスデザイナーはこれらの取組に伴走し、利用者(住民)目線で行政サービスの課題の整理、利用者体験の設計、プロトタイプ(ユーザーシナリオ・UIなど)の作成、ユーザーテストによる検証と改善などを担います。
鈴木:
他にも現在進行しているプロジェクトの一つに、デジタル行財政改革への取組があります。
デジタル行財政改革は、健康・医療・介護、教育、こども、防災、モビリティといった準公共領域の各分野において、デジタル化を最大限活用して公共サービスなどの維持・強化する政策です。
たとえば、こども分野ではこれまでにマイナンバーカードでこども医療費助成等を受けられたり、予防接種・健診の問診票等をスマホで入力し、マイナンバーカード1枚で受診できる仕組みを整えたり、予防接種記録や健診結果をマイナポータルですぐに確認できるといった利用者体験を実現してきました。
今後も出生届のオンライン提出や乳児のマイナンバーカードを出生届と同時に申請できるようにする仕組みなど、制度・業務・システムの三位一体を前提として、利用者の皆さんの不便さや手間を軽減するための取組を進めために、利用者の目線で課題の整理やサービスの設計などの一翼を担っていただくことになります。
・関連記事:「国民の体験向上に向けた行政サービスの導入計画(国民向け行政サービスロードマップ)」のご紹介|デジタル庁
大橋:
各省庁が推進するデジタル化のプロジェクトにも、サービスの前提となる要件定義などで携わることがあります。満足度の高い利用者体験を実現するためには、「どのようなフェーズが想定され、どのようなステップを踏むべきか」といった全体像を把握し、適切なサポートをすることも大切な役割です。
サービスデザイナーは、利用目線の行政サービスを実現する上で、その前提となる「地盤固め」のサポート役でもあります。
利用者が直接触れるフロントデザインのみならず、行政手続のフローや行政サービスを稼働させる上で必要となるアーキテクチャ、サービスを提供する上で必要となるデータ、行政手続やサービスがどのような法令に基づいているかなども並行して考えなくてはなりません。こうした要素を可視化しながら、どうすれば利用者にとって便利なものになるのかを議論し、場合によっては法改正を検討する場合もあります。
鈴木:
デジタル庁におけるサービスデザイナーの特徴の一つでもありますが、「インハウスデザイナー」と「クライアントワーク」に類する思考を意識的に使い分けるのもポイントです。
行政サービスに関するサービスデザインは、プロジェクトも大規模なものです。デザイナーだけで実現できるものではありませんし、政策・事業の主体である行政の方々に理解していただき、一緒にプロセスを構築していく必要があります。
リソースの観点からもすべてのプロジェクトにデザイナーが伴走し続けることはできません。重要度の高い個別のプロジェクトへ伴走しつつ、全体展開できるような仕組み化を進めることでプロジェクトの全体最適を図ることも、私たちの重要な役割です。
プロジェクトに応じて、インハウスのデザイナーのように関わることもあれば、クライアントワークのように関わる場合もあります。いずれにしても、最適なサービスやシステムがつくれるように最大限努力する。その姿勢が大切です。
デジタル庁が求めている「サービスデザイナー」の人物像とは
──募集しているサービスデザイナーについて、具体的にどのようなスキルセットなどを持つ方を求めていますか。
鈴木:
詳細は募集要項にも記していますが、重んじるポイントは大きく分けると「専門性」と「キャラクター」の両面になります。
まず専門性について。「歓迎スキル」の一つとして、準公共領域の実務経験を挙げていますが、この分野の知識をお持ちであれば、一緒に仕事をする行政官ともスムーズに連携が取れると思います。
もちろん、知識がなければ無理かというと、そんなことはありません。庁内にはサービスデザインユニットをはじめ高い専門性を持つメンバーがいます。すでにサービスデザイナーとしてお仕事をされている方でれば、一緒に仕事を重ねることで、いくらでも吸収できる環境があります。
後者の「キャラクター」については、意思疎通を図ることをいとわない姿勢、そして「GRIT(あきらめず、やり切る力)」という2点に尽きます。
サービスデザイナーは、庁内のさまざまなチームとの連携や複数の府省庁・自治体の方との連携が求められます。デザインとは「人と人との関係性」を設計することなので、そこに向き合えるモチベーションをお持ちの方であれば、周囲とコミュニケーションを密にとっていただくことで、必要な知識をキャッチアップできると思います。
大橋:
「誰の」「どのような苦痛に対して」「どのように解決しようとしているか」というユーザーの気持ちに共感して考えたいという利用者側の視点をお持ちの方。たとえばご自身が子育てや教育分野のユーザーの痛みを経験され、こうした課題を「解決するために飛び込みたい」という方もぜひ歓迎したいです。
豊富なプロダクトデザインの経験をお持ちであればベターではありますが、マストではありません。むしろ、「サービスのあるべき姿」を描けるデジタルサービスへの理解があれば十分だと思います。
デザイン領域に興味をお持ちであれば、 PdM / PjM (プロダクトマネージャー/プロジェクトマネージャー)や事業開発(Business Development)などのご経験も活かせると思います。
増田:
「わかりあえなさ」への向き合い方もポイントだと感じます。行政官と協業する場面が多いですが、「行政官」と一口にいっても、府省庁によってコミュニケーションの取り方や「良し」とするもの、仕事の進め方やスピードも異なります。
そのような状況を、当事者でありつつも俯瞰的に眺め、適切なアクションやコミュニケーションを取れることが、行政のサービスデザインを進める上での必須スキルだと考えています。
鈴木:
現場のメンバーもそれぞれに専門性があるので、むしろ「一人で課題をどうにか解決しよう」と考えるよりも、「“わかりあえなさ”を共にわかりあう」意識が大切だと思います。チャレンジ精神も必要ですが、「自分にはできないこと」を表明し、周囲に助けを求めることも同じくらい大事ですね。
取り扱う課題が複雑だからこそ、周囲のメンバーとチームを組んで、互いに助け合うことが必要です。自ら歩み寄って、協力者を増やし、プロジェクトをより良い方向へ導いていく必要があります。
増田:
そうですね。課題を前に「これが自分の経験から導き出した最善手だ」と自分の経験値や考えに固執してしまう進め方では、行政のサービスデザインでは行き詰まってしまうこともあります。
むしろ、何かと何かを掛け合わせることで生まれる連鎖反応を想定したり、課題解決に使えそうなパターンの引き出しを増やしたりすることが大切かもしれません。バイタリティや学ぶ意欲さえあれば「引き出し」を増やせる環境なので、そこは安心してください。
「この国に暮らすすべての人」のためのベストプラクティスを、一緒につくろう
──サービスデザインユニットで仕事をする中で「デジタル庁で働くからこそ得られる経験だ」と感じることがあれば、ぜひ聞かせてください。
鈴木:
企業でいえば、経営・運用といった観点がありますが、これを国というより大きな規模で政策や行政サービスの企画・開発・実装を通じて学べることは、私自身にとって大きな経験となっています。
プロジェクトを進める上で踏まえるべき過去の事例なども、専門分野で20年を超える経験を持つ行政官に勉強会を開いてもらうといったことがあります。学べる内容の質・量ともに充実していますね。政策がつくられる背景やプロセスを知ることで、その政策を受け取るユーザーが現在抱えている課題を、どのように解決するべきかを検討しやすくなります。これは民間企業にいると、「変えられない制約」となり、その中で「事業をどう展開するか」ということしか考えられなかった部分なので、大きな差分であり、経験でもあります。
大橋:
デジタル庁には各省庁からデジタル化に関するさまざまな相談事が寄せられます。たとえるなら「課題の見本市」。だからこそ、興味のあることや未知の領域にも出会えます。
公共・準公共の分野と関わる業界への知見も深められますし、それぞれの業界がどういったビジョンを持ち、向かっていこうとしているのかも、民間とは異なる視野や視座で見ることができます。
民間のサービスであれば、「誰の、どういった需要に焦点をあてるのか」と、ターゲットとする特定のユーザーを想定することが一般的です。一方で行政では、さまざまな方がサービスの対象者になります。年齢や障害の有無などの心身の状態、地理的な制約、経済的な状況など、あらゆる角度から検討し、プライマリーユーザーを想定する必要があります。
「誰もが情報にアクセスでき、利用できること(アクセシビリティ)」は、行政のウェブサイトやアプリにとって極めて重要です。プロジェクトの企画段階から「使えない・アクセスできない」人がいないかを常に考慮しなければなりません。そこが民間との大きな違いだと思います。
行政サービスデザインの先進国とされる国々、たとえばイギリスの人口は約7000万人、シンガポールは約560万人、デンマークは約590万人ですが、日本の人口は約1億2000万人です。人口多ければ多いほど、考えるべきパラメーター(変数)も変わってきます。
「この国に暮らすすべての人」に向けて、提供するサービスのベストプラクティス(最善の方法)を生み出す――。それは、デジタル庁でサービスデザインに関わるやりがいと魅力でもあり、難しさでもあります。ただ、そのようなチャレンジに取り組める環境が、デジタル庁にはあると思います。
◆デジタル庁のサービスデザインユニットでは人材を募集しています。
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