技術検証事業の事例紹介:loT、センサー等を活用した設備の作動状況の定期点検の実証
我が国では法令の定めに基づき、河川や橋、ダム、危険物の保管場所、一定規模の商業施設など、一部の建物・構造物の管理状況や損傷状況などについて、現地で人が目で見て、手の届く範囲を叩くなどして調査・点検・検査することが義務付けられてきました。
こうした「アナログ規制」は、デジタル技術を前提としないものや、高所や危険物に近い場所など生命・身体への危険を伴う場所での作業を求めるものがあり、安全面や効率面で課題が指摘されています。一方、近年ではドローンやAIによる画像解析などが進歩し、遠隔でモニタリングできる技術が発展しています。
現在、デジタル庁ではこうしたアナログ規制を見直すとともに、安全性や実効性の観点から既存の調査・点検・検査の手法をデジタル技術で代替できるかどうか、規制を所管する府省庁と連携し、技術検証を進めています。2024年度は、対象の規制に関わる業務に課題意識を持つ自治体とも協力して事業者を公募し、技術検証に取り組んでいます。
また、デジタル庁では、アナログ規制を類型化し、それぞれの類型と内容と、デジタルで代替でき得る技術の対応関係を整理・可視化したテクノロジーマップと技術カタログを公開していますが、技術検証の結果に基づいて、既に公開しているテクノロジーマップと技術カタログを更新しています。
具体的には、テクノロジーマップにおいて、規制に対応する技術を整理。技術カタログにおいては、技術類型に関する詳細な内容やアナログ規制の見直しに役立つ具体的な製品やサービスの情報を整理することで、アナログ規制見直しを推進しています。
政府としてもアナログ規制の見直しやデジタル技術による代替可能性に注力しており、石破茂内閣総理大臣は2024年10月4日の所信表明演説の中で「千年単位で見ても類を見ない人口減少、生成AI等の登場による急激なデジタルの進化、約30年ぶりの物価上昇。我が国は大きな時代の変化に直面しています」とした上で、「自由に働き方を選択しても不公平にならない職場づくりを目指した個人のリ・スキリングなど人への投資を強化し、事業者のデジタル環境整備も含め、将来の経済のパイを拡大する施策を集中的に強化します」と述べているところです。
アナログ規制の見直しや、テクノロジーマップと技術カタログの更新の取り組みは、事業者のデジタル環境整備につながるとともに新たな市場の創出や、ひいては人口減少による労働力不足など我が国が直面する課題の解決につながると見込まれています。
今回は、2023年度に実施した技術検証のうち、規制の合理化につながった事例を2回にわたって紹介・解説します。
この記事では、技術実証事業における「類型5:loT、センサー等を活用した設備の作動状況の定期点検の実証」について紹介します。
具体的には、大分県企業局の発電所職員および委託事業者が実施している電気工作物(水力発電所など)の巡視等業務におけるアナログ計器の確認を、モルフォAIソリューションズ(本社:東京都千代田区)のカメラ映像や画像分析技術などを活用することで、遠隔化できるのかという実証を解説します。
「目で見て数値を確認する」をデジタル化できるか
――大分県企業局について、簡単にご紹介をお願いします。
藤村氏(大分県):
大分県は地方公営企業を運営しており、企業局では「電気事業」と「工業用水道事業」の2つの事業を実施しています。
電気事業としては12の水力発電所と1つの太陽光発電所を運営しており、地球環境にやさしい再生可能エネルギーを供給することで、地域に貢献しています。
――今回の技術検証事業の対象となった規制とは、どのようなものでしょうか。
藤村氏(大分県):
電気事業における「大分県企業局事業用電気工作物保安規程」について、アナログ規制見直しの対象としました。
我々のような電気事業者は、「電気事業法第42条」に基づき、事業者自らが保安規程を定めて遵守する義務を負います。
この保安規程では水力発電所に対し、月2回の巡視を義務付けています。保安規程をより詳細に定めた巡視基準においては、「目視など巡視者の主として五感によって、設備の外観、計器表示などを見回る」と巡視の定義が規定されています。
「五感によって」とは、目で見て機器の状態やメーターの数値を確認する「目視」、油漏れなどの異常がないか嗅覚での確認、また聴覚によって通常のモーター音との違いのあるなしを確認するなどがあります。
今回は保安規程に定められている巡視について、遠隔実施の実現の可能性を探るために、「目で見て数値を確認する」という行為について、デジタル技術を用いた技術検証を行いました。
――具体的にどのような取り組みを行ったのか教えてください。
藤村氏(大分県):
技術検証を行った2つの水力発電所には、たくさんのアナログ計器が設置されており、巡視の際には計器の数値を目視で読み取り、紙の巡視簿に書き込みます。
このアナログ計器の数値読み取り作業について、2発電所で計41器のアナログ計器を対象として、カメラやAIによる画像解析技術を用いたデジタル技術で代替できるかどうかを確認しました。
ひとくちに「アナログ計器」といっても、実はさまざまなものがあります。丸型のメーターの中にも針が1本のものだけでなく2本のもの、筒状になっている油面計など各種あるため、その全てをデジタル化することは困難だと考えられていました。それを今回、モルフォAIソリューションズ様と取り組むことになりました。
92件の読み取りで、成功率は83.7%
――検証にあたって苦労した点はどのようなところでしたか。
古川氏(モルフォAIソリューションズ):
先ほども出ましたが、さまざまなメーターが混在しており、それぞれ個別の対応を考えなければいけませんでした。また、環境の点でも難しさがありました。
実際の運用を考えると、必ずしも真正面にカメラを設置できるわけではなく、角度のついたところから読み取りを行う必要があったり、照明が暗いところで読む必要があったりと、さまざまな制約がありました。
今回は検証という形ですが、実際の業務オペレーションを行う場合に、どれぐらいの頻度で読み込みが必要なのかなども考えました。さまざまな要因を踏まえて最適なやり方を考えていくのが難しかったです。
ーー検証結果としてはいかがでしたか。
小島氏(大分県):
2か所の水力発電所で1日ずつ、計92件の読み取りを行い、検証全体としては83.7%の成功率でした。短い検証期間の中、試行錯誤をしていただいた点を踏まえると、決して高くはない数値ですが、及第点だと考えています。
特に、筒状の油面計は一般的にカメラでの読み取りが難しいとされているため、これをクリアできたことは大きな成果でした。
あとは先ほど古川さんも仰った、周辺環境の違いが大きく関わってくると考えています。照明のほかに、時間帯や立地、その日の天候によっても環境が異なりますので、そこを完璧にクリアしようと考えると何か月も現地に張り付かなければいけません。今回、実施期間の制約があるためそれは叶いませんでしたが、短期間で成果を出していただきました。
――なぜ短い時間の中でも高い成果を出せたのですか。
古川氏(モルフォAIソリューションズ):
デジタル化とは基本的に、人のやっていることを機械化することだと考えています。ですので、人が現状で行なっているオペレーションを、くまなく伺い、デジタル化したときに過不足なく対応できるように考える必要があります。
今回は企業局の皆様にご協力いただき、細かい部分までヒアリングできたことが大きかったです。
実際に現場を訪れた際は、職員の方がどのようにメーターを読んで点検しているかという流れを細かく伺うことができ、すべてのメーターについてしっかりと検討できたところが成果を出せた理由かと思います。
我々としても、実際の発電所に合わせたソリューションを考えるというのは取り組んだことのない領域でした。実際にどのように利用したいかというところを踏まえて技術の部分を検討できたことで、非常に意義ある取り組みだと思っています。
技術検証で見えた、導入に向けての課題は
――今回の技術検証を通して、規制をどのように変えたのでしょうか。
小島氏(大分県):
今回の検証を受け、規程の見直しをするという前提で動いていましたが、保安規程自体は「五感による巡視」を定義しているものではありませんでした。
規程の改正を担当している法務室と協議をした結果、現状の規程の書きぶりでもデジタル技術の活用はできると結論づけ、規程の改正は不要だと位置づけました。
一方で、保安規程をさらに細かく定めた保守細則や巡視点検基準については、五感による巡視を求めている書き方をしていますので、こちらはデジタル技術の活用ができるように文言の変更を図っていこうと考えています。
――一方、技術検証で見えた、導入に向けての課題について教えてください。
小島氏(大分県):
まずはコスト面です。今回検証を行った北川発電所のアナログ計器全てで読み取りを行おうと思うと、カメラが25台必要という結果になりました。
これは技術力の問題というよりは、アナログ計器の配置の問題です。複数のメーターを1つのカメラで読み取れる場合と、1つのメーターに対して1つのカメラを設置しないとうまく読み取りができない場合が出てきてしまうからです。
カメラや通信機器の使用耐用年数を9年に設定して試算してもらったところ、検証をした北川発電所だけで4500万円のコストがかかることがわかりました。現在の巡視に要する人件費と対比すると、かなり高くなってしまいます。
次に、設置場所の問題があります。今回は1日のみの検証だったため、基本的にはメーターの真正面に三脚を立て、その上にカメラを置いてメーターを撮影する形をとりました。
小島氏(大分県):
しかし、この形では通常の点検業務の妨げになります。
また、機器の改修や修繕工事を行う場合は、カメラを移動して作業を行う形になると思います。動かした場合に、以前と全く同じ位置・画角に戻すことは難しく、戻したとしても再度、読み取りの精度が確保できるような設定が必要になると考えます。
そういった労力を考えると、工事や点検の支障にならない配置を見つけることも、今後の課題になってくると思っています。
現状では、水力発電の分野をフィールドとしてきたメーカーが、電流や電圧のセンサーで数値を読み取るシステムをすでに構築しています。大部分はこの既存の技術を使う前提で、今の水力業界の技術では実現が難しいところにピンポイントでカメラによる読み取り装置を設置していくという形が望ましいのではないかと考えています。
ただ、大部分は既存のシステムを利用し、カメラの部分は別のシステム、となると管理が煩雑になってしまいます。新しい技術を導入する際にも、既存のシステムと連携できる互換性が求められてくると考えています。
古川氏(モルフォAIソリューションズ):
我々事業者としても、コスト面、データ連携などの面で導入のしやすさをどう担保していくかということは課題になると考えています。
この実証実験以降、アナログメーターの読み取りサービスを提供させていただいているお客様にも話を聞いていく中で、やはり対象を絞ることがポイントになると考えています。
すべてをカバーしようとすると、コストもかかってしまいますので、簡易的かつポイントを絞り、既存システムの手が届かないところにサービスを適用していく。それが今後目指すべき姿だと我々も感じています。
現時点では他のシステムとの連携は行なっていません。しかし今回の検証を通して、我々のAIカメラを使った技術でアナログメーターを読み込むことを考えた際には、既存の大部分の対応が可能なメーカー様に対してサービスを提供し、連携していくことが方法の一つとしてありうると考えています。
目に見える規程の変更はなくとも、“心のDX”が進んだ
――大分県は全国に先駆けてアナログ規制条例を成立させるなど、アナログ規制緩和に関して先進的に取り組まれています。速やかに規制緩和を進める背景には何があるのでしょうか。
佐藤氏(大分県):
2022(令和4)年6月に国のデジタル臨時行政調査会が「デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン」を発表した後、同年8月に開催された九州地域戦略会議において牧島デジタル大臣(当時)によるアナログ規制見直しについての講演を受けたことが着手のきっかけとなりました。
翌月には広瀬前大分県知事がCXO(チーフ・トランスフォーメーション・オフィサー)を務め、各部局長が出席する「大分県DX推進本部会議」において、アナログ規制の見直しに取り組むことを決めました。
知事が先頭に立ち、県全体で取り組んでいく姿勢を早期に共有できたことが、スピーディーに動けた要因だと考えています。
――デジタル導入にあたり、難しかったことはありますか。
佐藤氏(大分県):
実際にはアナログなやり方をしていてもそこまで困っていないところに、デジタル化を進めるのはどうかという疑問の声や、デジタルの導入のために条例を改正する手間をかける必要があるのか、といった声があったことは事実ですが、結果的には全庁的に進めていけました。
――今後のデジタル活用についての展望や、大分県として取り組んでいきたいという抱負や展望があればぜひ教えてください。
佐藤氏(大分県):
今回の企業局の件も、結果的に規程を改正する必要はありませんでしたが、それがわかっただけでも1つの成果だと思っています。
他にも同様にアナログ規制の改訂検討対象としてリストアップされているものの、現行のままでデジタル技術の活用ができるものは多く、そういった見直しのきっかけになったとも考えています。
条例や規程を改正するためにはかなりの労力がかかります。改正しなくてよければしないという考えのもとでデジタルの技術を試行し、実際の運営・運用の面でも導入をしていきたい。
そうすれば我々県職員の業務の効率化や、一般の方や利用者の方の利便性の向上にもつながっていくのではないか、そういった思想で今後も取り組んでいきたいと考えています。
小島氏(大分県):
企業局としても、規程の改正をしなくてもデジタル活用ができるという認識が得られたことは大きな成果だったと思っています。また、これまで電気事業に関する保安規程の改正は、所管である経済産業省の方針が変更されたり、法律が改正されたりするタイミングで、受動的なアクションしか取ってきませんでした。
しかし、今回のデジタル活用をきっかけに、能動的に変えていく必要があるんだと思うようになりました。
業務を効率化していくためには、実は我々で定めた保安の原則である保安規程が業務の効率化を阻害しているのでは、という目線で見なければなりませんし、経産省からの通知がなかったとしても、「自分たちはこう思う」としっかり考え、変えていかないといけないという意識づけになったと考えています。
今後は、規程の見直しを行う会議体を設置するなどして、デジタル技術の活用を前提に「業務を効率化し、質の高いものにするにはどうしたらいいか」「どのような技術を活用できるか」「規程をどのように変更していけばいいか」を職員間でよく話し合って進めていけたらと思います。目に見える規程の変更はなくとも、意識の大きな改革、いわば心のDXが進んだのではと考えています。
――事業者として、抱負や展望がありましたら教えてください。
古川氏(モルフォAIソリューションズ):
まずはしっかりとユーザーの課題を解決するものを作らなければいけない、ということが前提としてあります。その上で、我々が取り組んでいる画像領域についての可能性をまだまだ大きく感じています。
2010年ぐらいから「データ活用」と言われて久しいですが、画像をはじめとするセンサーなどのデータの扱いは難しく、なかなか活用が進んでいませんでした。
しかし技術の進歩により、非構造化データに対してもこれまで解けなかったものが解けたり、他のデータを組み合わせることによって見えてくるようになったりしています。我々はこれからより一層、データを成形して利活用できるようにしていきたい。そうして、データが単なる業務効率化に役立つというだけでなく、「今まではわからなかったことがわかる」「できなかったことができる」という世界が実現できるようになるのではと考えています。
今回の検証で、技術の適用が確認できました。また一方で、オペレーション面を含めた実装には、複数の技術の組み合わせが必要であり、さらにデジタル技術の開発・改良が求められることも認識しました。
デジタル庁では「RegTechコミュニティ」において、実装への課題に対する技術保有企業からの提案を募集するといった課題解決の支援をしていきたいと考えています。
◆アナログ規制の見直しに係る技術検証の取組に関するこれまでの記事は、以下のリンクからご覧ください。
◆これまでの「デジタル庁Techブログ」の記事は以下のリンクをご覧ください。