デジタル庁はどうユーザーの声と向き合っているのか。VRSとワクチン接種証明書アプリの事例から、課題と展望を語る――「Govtech Meetup」最終回レポート
デジタル庁は、国内のGovtech(行政の利便性を高めるテクノロジー)に関わる関係者のエコシステム形成を目指す「Govtech Meetup」を2021年12月から開催しています。2022年3月までに計7回の開催を予定しており、先日は第6回のレポートを公開しました。
3月24日に「日本Govtechへの期待と展望」というテーマで行われた最終回は、デジタル庁から「デジタル社会共通機能グループ」の統括官である楠正憲、「国民向けサービスグループ」統括官の村上敬亮、「省庁業務向けサービスグループ」審議官の早瀬千善が登壇。モデレーターとして、人事・組織開発の唐澤俊輔が参加しました。
今回は、「VRS(ワクチン接種記録システム)」「新型コロナワクチン接種証明書アプリ」の事例をもとに、デジタル庁がどのようにステークホルダーと連携しながら、ユーザーと向き合ってきたのか、行政組織の在り方なども含めて3人で議論が行われました。
霞が関の情シスで終わるかどうか、真価が問われている
最初のトークテーマとなったのは、「デジタル庁が担う横串機能」です。デジタル庁は自治体や他省庁、民間ベンダーなど多くの組織と横串で連携しながら、業務を進めなければいけません。例えば、新型コロナ感染症対策において、デジタル庁が開発に携わった「VRS(ワクチン接種記録システム)」では、自治体との連携で新たな形が模索されました。
接種者情報と接種記録情報を登録することで、「だれが」「いつ」「どこで」「どのワクチンを接種したか」を記録するVRS。従来のシステムでは、接種情報をデータ化するまでに数か月の時間を要した他、自治体ごとに情報管理の仕方も異なっていました。そのため、分析がしづらかったり、災害時にデータが消失したりする恐れがありました。VRSがあることで、大規模会場での接種や職域接種、引っ越し先でのデータ参照などが可能となります。
楠はVRSの開発を提案した際、河野太郎前ワクチン担当相が着手の意思決定をすぐしてくれたのは良かったものの、「実現までの過程は非常に大変だった」と当時を振り返ります。
楠:予防接種に関する事務作業は、「予防接種法」という法律によって、各自治体で行うことが決まっています。そのため、各市町村には予防接種専用の管理システムが既にあり、準備を進めているところもありました。その中で、ワクチン接種記録だけは「国がシステムをつくります」と宣言したので、当時はさまざまな反応をいただきましたね。
最初は予約機能までデジタル庁として提供したいと思っていたのですが、そうなるとコールセンターとも繋げなければいけず、時間的な制約の中で難しい。まずは消し込み作業ができたら、大規模接種や職域接種もカバーしながら、日ごとに集計ができます。そういったことを考えつつ、現行法の中でどうシステムをつくるか、接種データをどう連携すれば個人情報の分散管理を維持しつつ集計が円滑にできるか検討するのは、非常に大変でした。
村上:デジタル化における国のアプローチは、方針をつくって「あとは自治体の皆さんよろしくお願いします」という形が一般的でした。これにより、横串での連携が生まれず、二重で業務が発生したり、分析できなかったりと非効率な状態が続いていた。VRSでは「国が用意する」と、明確にスタンスを変えたんですよね。自治体の方々は大変な部分もあったと思いますが、行政のデジタル化において一つの試金石になった仕事だと思います。
楠:接種券の読み取りについては、思うようにいかない部分がありました。フォーマットが前から決まっていたので、タブレットでOCR(光学文字認識)ラインを読み込む形にする方法しかなく、読み取りに時間がかかったり、誤認識したりする場合が多かったんです。
3回目のワクチン接種からは、データフォーマットを変えたり、QRコードでの読み取りを取り入れたりしたことで、飛躍的に誤認識は減りました。この経験から学べるのは、デジタル庁は企画段階で議論に入り、制度設計からコンサルテーションしていかないと、良い仕事をするのは難しいということです。霞が関の情シスで終わるのか、それとも上流工程からしっかりと入って横串機能を果たせるか、今真価が問われている状況でしょう。
唐澤:早瀬さんが所属する省庁業務サービスグループでは、他省庁との関わりが多いと思います。デジタル庁がどのような役割を果たしていくべきだと考えますか?
早瀬:私は民間企業出身なので今も勉強してる最中ですが、他省庁との連携を進めるときに、まだどこかのフェーズで紙や電話でコミュニケーションが行われていることがあります。これをデジタル化するための仕組みを、まずは整えていかなければいけません。
一方で、人事給与管理システムなど各省庁の業務特性に応じてやり方が異なる部分がある部分もあるので、本当に変えるべきかどうかは、つど見極めが必要になると考えています。
「ユーザーの声にすぐ反応すること」は手を抜かない
続いてのトークテーマとなったのは、「ユーザーにとって利用しやすいサービス」です。
600人規模の組織で、そのうち約200人は民間から採用しているデジタル庁は、エンジニアやデザイナー、プロダクトマネージャーなどの人材が多く、プロダクト開発まで担うことが特徴です。マイナンバーカードをはじめ、国民に直接サービスを提供するケースも増え、どのような点を工夫しているか、進めるうえでの課題などについて議論が行われました。
村上は、国民向けサービスグループが中心となって手掛けた「新型コロナワクチン接種証明書アプリ」について言及します。同アプリは、各市区町村で実施された新型コロナワクチン接種の事実を公的に証明するもの。マイナンバーカードのICチップをスマートフォンのNFC機能で読み取ることで認証し、QRコードで証明書を発行する仕組みとなっています。
村上:新型コロナワクチン接種証明書アプリの開発方針が決まったのは(2021年)8月末。着手し始めたのが9月、リリースしたのは12月20日というスケジュール感でした。
できるだけ早くリリースしなければいけない状況の中、優先したのは早い段階で国民の声を聞くこと。さまざまな声をいただく中で、特に若い女性を中心に多かったのは「名前と年齢を表示しないでほしい」「QRコードでの読み取りはやめてほしい」という意見でした。
QRコードで証明書を発行するアプリなのに「QRコードをやめてほしい」という声が多いのは何事かと思ったのですが、それだけ実名で暮らしていない方がいるということなんです。QRコードでの読み取りが強制となると、実名や生年月日の情報が分かってしまいます。
そのため、チームで知恵を出し合い、アプリのトップ画面では「最終接種日」「接種回数」「リアルタイムの時計(スクリーンショットでコピーされないようにするため)」だけを表示するようにしました。QRコードや実名の情報はアコーディオンメニューをタップしてもらうと、出てくるようにしています。これにより、実名や生年月日を隠したい場合は隠せますし、確認する側の店舗やコンサート運営者なども活用方法を柔軟に選ぶことができます。
つまり、国側ではどれだけ使いやすいサービスにできるかを追求し、使い方までは決めず、どのように使うかはユーザーである国民に委ねる形としたのです。だからこそ、デジタル庁内では「ワクチンパスポート」という名称は絶対に使わないことを意識統一しました。
唐澤:パスポートという名前にすると、国側で使い方をガチガチに決めているという印象が出てきますもんね。システム開発の実務面を担うデジタル社会共通機能グループでは、国民向けにサービスを提供するという観点で、これまでとの変化はありましたか?
楠:これまで行政のデジタル化に関する業務は、仕様書をしっかりと書き、それに基づいて開発を進めることが多かった。しかし、ここ数年でテックジャイアントがつくる洗練されたスマートフォンアプリを利用する方々が増え、国が提供するサービスもそれらと比較されるようになりました。ただ「もっとぬるぬる動いてほしい」「どこか気持ち悪い」といった機能要件に落ちないフィードバックが多いため、仕様書の段階で解決するのは難しいです。
そのため、リリースしてからユーザーの声を聞き、改善していく必要性が高まりました。なぜこれまでできなかったのかというと、予算を使い切り、リリース後に身動きをとれない状態となっていたからです。シンプルにやるべきなのは、リリース後に改善するのを前提に、より後工程に予算をかけることでしょう。「システムオブエンゲージメント」という言葉がありますが、システム開発でも顧客視点を取り入れていく必要があると考えています。
唐澤:リリース後に得られるユーザーの声をもとに改善していくという観点で、国民向けサービスグループはどのようなスタンスをとっているのでしょうか。
村上:フィードバックいただいた声に、すぐ反応することを大切にしています。ワクチン接種証明書アプリは、リリース後すぐに「旧姓併記」されたマイナンバーカードでは証明書が発行できない問題を多く指摘されました。私たちとしてもこの問題は認識していましたが、まず言い訳せずに謝ること、できるだけ早く改善をするというメッセージを出しています。
結果的にリリースから約1か月後にアップデートを行い、その他にも細かいユーザーインターフェースや読み取り機能の改善などを続けています。こうした成果もあり、「国が出しているアプリとしては使いやすい」という声をいただくことが増えたのは嬉しいです。
リリース時の完成度も最低限必要ですし、何が未完成か分からない状態で出すのはダメだと考えています。ただ、フィードバックの声があり、「その通り」と思ったらすぐ改善する、改善に至らなくてもコミュニケーションをする。その繰り返しによって、ユーザーと信頼関係をつくることが大切だと思っています。このプロセスは手を抜かないようにしたいです。
発足から半年強がたち、組織として見えてきた課題感
「同じ未来を思う気持ちを大事にしながら、とにかく揉め、混乱しまくりましょう」
イベント後半、村上からはこのような言葉が強く語られました。デジタル庁では、多様な人材が集まる組織だからこそ、日々同じ方向を向いて業務に取り組むための「ミッション・ビジョン・バリュー」を掲げました。こうした言葉が少しずつ浸透してきた一方で、発足から半年強がたち、組織として見えてきた課題感について議論は移っていきます。
早瀬:私自身、民間企業でずっと働いていたのもあり、全体の価値観をすり合わせするのにはまだまだ時間と手間をかける必要があると感じています。例えば、情報共有一つをとってみても、ただ「ここにファイルがある」と説明するのではなく、相互理解を深めるため会話の数を増やす必要があるでしょう。なかなかリアルで会いづらい状況ですが、オンラインでAll Hands Meeting(全社会議)が始まるなど、少しずつ変わってきていると思います。
楠:私が所属するデジタル社会共通機能グループにおいても、コロナ禍の影響でリモートワーク比率が高くなっているのと、それぞれが多様なバッググラウンドを持つがゆえに、前提となる言葉や背景の共有がうまくいかないことがあります。衝突やコンフリクトがあって、「こういう前提で議論をしていたのか」と初めて分かることが結構あるんです。
用事があるとき以外のコミュニケーションをとらないと、なかなか人となりや背景にある考え方まで分かりません。バリューアンバサダーや勉強会などの取り組みを始めていますが、仕事以外の情報を意図的に共有する機会をつくることが今後重要になると考えています。
村上:(2021年)12月にとったアンケートを見ると、多くの職員が「孤独感にさいなまれている」と答えているんですよね。振り返ってみると、統括官・審議官以上と参事官以下の人たちとの気持ちが離れていたこともあったし、参事官が現場の気持ちをしっかりとグリップできていたかというと、そうでもない。これはヤバいことだと思っているんですよね。
意見が合わないのは全然構わないし、どんどんケンカしたらいいけれど、どんなときも「同じ未来を思う仲間なんだ」という信頼関係を大切にしたい。これを維持し続けるのは簡単ではないし、まだまだ模索中のところはありますが、頑張っていきたいです。
これまで計7回にわたって開催してきたこのミートアップですが、国内のGovtechに関わる関係者のエコシステム形成を目指して始まりました。こうしたエコシステムは、デジタル庁の中にいる人材だけでなく、各省庁や自治体、IT企業・スタートアップ、シビックテック、アカデミアなど、さまざまな組織と協力してつくられていくものだと考えています。
最後に、モデレーターの唐澤から「視聴してくださった方も、ぜひこのエコシステムに参加してもらえると嬉しいです。個人としても参加できる形がいろいろあり、自治体の方であれば『デジタル改革共創プラットフォーム』、国民の皆さま向けには『アイデアボックス』というオープンに議論をする場もあります。また、新卒・中途採用も行っているので、興味のある方はぜひご応募ください」と語られ、パネルディスカッションは終了しました。
その後、「ブレイクアウトセッション」としてZoom上で参加者同士の交流時間が設けられ、最終回のGovtechは幕を閉じました。当日の様子はYouTubeでも公開しています。
◆「Govtech Meetup」全7回の総集編動画は以下のリンクからご覧ください。
◆デジタル庁の採用に関する情報は以下のリンクをご覧ください。
◆これまでの「デジタル庁の組織文化」の記事は以下のリンクをご覧ください。