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デジタル庁とシビックテック

2021年9月からデジタル庁で非常勤のプロジェクトマネージャー(シビックテック)として勤務することになった関です。

本業では、一般社団法人コード・フォー・ジャパンの代表理事やシステム開発企業の代表などをしています。

また、2021年8月末まで内閣官房IT総合戦略室で政府CIO補佐官として「はっきり言って地味です」と書かれていたデータチームでベースレジストリ関連の調査をしたり、COCOAの立て直しに関わったり(※1)、政府統一ウェブサイト関連について仕様面からサポートを行ったりしてきました。そういったことにも引き続き関わっていく予定ですが、今回はシビックテックについて解説をさせていただきます。


シビックテックとは

FinTech や EdTech といった用語を聞いたことがありますでしょうか。一般的には、○○Techとは、ある領域をテクノロジーを活用してバージョンアップすることを指します。

シビックテック(civic-tech)とは、市民(civic) と技術(technology)から生まれた造語で、シビック・テクノロジー(civic technology)とも呼ばれますが、実は明確な定義はなくあいまいです。

インターネットを始めとするデジタルテクノロジーは、メディア配信やEコマースなど、様々なサービスを使うための障壁を下げ、結果として誰もがそれらのサービスを活用できるようになりました。

これをサービスの「民主化」と言うならば、これまで関わり方が限られてきた公共領域への参加の方法が民主化され、誰もが自分たちの好きな時に好きな方法で参画できるようにする活動がシビックテックです。

市民が主体的に社会に関わり、あるべき社会について「ともに考え、ともにつくる」人々が増えることでより良い民主主義社会を生むことを目的としています。

5人の異なる人種の男女が描かれたイラスト。横一列に並んでいて、4人は立っていて真ん中の一人は座っている。お椀状のデバイス・スマートフォン・パソコンを1つずつ持っている

市民からの関与を求めず、サービスを提供する行政モデルは、海外では「自動販売機型行政(※2)」などと言われたりします。

自動販売機型行政は、サービスの中身をブラックボックスにしてしまい、市民を受動的な消費者にしてしまいます。市民からも単なるサービス提供者の一つに見えてしまい、関係性を深めることができません。

お金(税金)を入れれば自分が欲しいサービスが提供されてあたりまえ、という感覚になってしまい社会とのつながりが希薄になると、自分ではない他者の課題やニーズに関心が持てなくなってしまう危険性もあります。

単に便利で効率的なサービスを行政が提供することを求める声もあるでしょう。しかしながら、市民が主体的に社会課題解決に貢献するための環境を整えることが、自分を含めた多様な人たちをそれぞれ配慮することにつながり、結果的に民主主義を発展させるものだと考えます。

具体的にはどのようなことが起きているのか

シビックテックの波は2000年代後半から世界中で広がってきました。代表的なプレイヤーは Code for America(※3)という米国の非営利団体で、オバマ大統領のオープンガバメントに関する覚書(※4)に呼応する形で様々なイノベーションを生み出してきました。
(この覚書、非常に簡潔に書かれていますので、ぜひご一読ください。)

アメリカのホワイトハウスのウェブサイトのスクリーンショット

(オープンガバメントに関する覚書@ホワイトハウス。2021年9月4日取得)

例えば、経験豊富なエンジニアやデザイナー、プロジェクトマネージャーなどを行政の現場に送り込みプロトタイプ開発を行う「フェローシップ」や、スタートアップを行政の課題領域に巻き込み課題を解決するようなプログラム、行政と共にサービスデザインのコミュニティを作りサービス開発をしていく活動、各地域で主体的に地域課題解決を行う市民コミュニティを育てる「ブリゲードネットワーク」などが行われています。

微妙な文脈は違いますが、欧州でも同時期にシビックテックの活動は盛り上がっていきましたし、台湾や韓国でもテックコミュニティが行政と連動しながら活動を行っています。

特に、2020年に日本でも有名になった台湾のデジタル担当大臣、オードリー・タン氏は台湾のシビックテックコミュニティ、g0v(ガブゼロ)(※5)の創設者の一人でもあります。

新型コロナウイルス発生後まもなく、台湾政府がマスクの在庫状況をAPI公開し、コミュニティ側がたくさんのアプリを開発した事例はとても有名になりました。(※6)

台湾のマップマスクアプリのスクリーンショット

(台湾のマスク在庫APIを使って開発されたマスクマップアプリの一つ、全台健保特約藥局剩餘口罩地圖のスクリーンショット。2020年3月5日取得)

このように、各地域で市民がコミュニティを作り、技術者だけでなく様々な市民が参加をし、それぞれがアイデアを出し、行政と連携しながら地域の課題を解決していっているのです。

日本においても、2013年から Code for Japan が活動を始めています。
Code for Japan の活動としては、東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイトを開発し、オープンソースソフトウェアとして公開し全国に広がったという事例があります。

また、日本国内には、80を超える地域で「Code for 地名」などの名前で活動しているコミュニティが存在しています。

なぜデジタル庁がシビックテックを推進するのか

冒頭で書いたように、私のミッションはシビックテックの推進です。これまで、行政の役割としてシビックテックを推進する職責、というのは無かったのではないでしょうか。少なくとも省庁の中では初です。

なぜこのタイミングでこのような役割が必要になったのでしょうか。

激しい変化に対応する方法として

カヤックで川下りをしている一人称視点の数秒の実写動画。滝壺に飛び込もうとしている瞬間を写している

(via GIPHY)

今の社会は、未来に対する不確実性が非常に高いと言われています。新型コロナウイルスは特別大きな事象でしたが、それ以前から、国際化の波や技術革新の加速、多様化していく住民や社会の価値観といった不確実な状況が発生しており、前例踏襲型で仕事を進めていくやり方ではなく、将来を見通してそこに向けて舵を切っていくような経営の仕方が求められています。

さらに、国民のニーズが多様化する今、政府が従来行っていたコミュニケーション手段では、そもそも国民が求めるものを正しく捉えて実装すること自体が難しくなってきています。

例えば、子育て中の両親が必要なサポートや、学生が今授業で必要だと思っていること、LGBTQやマイノリティに必要な政策、激甚化する災害への対処、地球温暖化への対応、などなど、どれ一つとっても、ニーズの把握自体が困難です。

また、考えた事業が意図したように課題を解決するかもやってみないとわからない状況にあります。

そんな状況の中では、当事者を巻き込んだり寄り添ったりしながら、あるべき姿をともに考え、そのゴールに到達する方法を、一緒に作りながら進めていくシビックテックのアプローチが向いています。

自治体職員や企業、NPOといったステークホルダーとも共創をしていくことももちろん重要なのは言うまでもありません。

マルチステークホルダーによるガバナンスの再定義については、経済産業省が今年発行した、「GOVERNANCE INNOVATION ー アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて(※7)」にも記載されているので、ご興味ある方はご一読ください。

多様性があり、包摂的な社会の実現のため

デジタルだけで、全ての問題が解決するわけではありません。

行政だけで全ての問題を解決することもできません。

コミュニティのエンパワーメントをしていくことによって、アナログな対応も含めた包摂的な社会を実現できます。

全てをデジタルにしていくことを目的にするのではなく、デジタルを梃子にして、多様な人が組織の垣根を超えて活躍し、助け合う仕組みを作るのがシビックテックの基本的な思想です。

「誰一人取り残さない」というビジョンを達成するには、行政→国民という矢印だけではなく、国民→行政の矢印の方向のコミュニケーションも太くしていく必要があります。

制度や組織ありきでサービスを設計するのではなく、国民目線で必要なサービスを考え、それに合わせた使いやすいシステムを開発していく必要があるからです。

サービスデザインガイドブック(β版)(※8) には、利用者のニーズを把握するための方法が書かれていますが、デジタルを活用した市民参画プロセスを組み合わせることでより良い意見をもらえます。

多様な人々とあるべき姿を考え、熟議を重ねることで結果としてより価値の高いサービスを作ることが可能になります。

データ活用の推進のため

本年6月18日に公開された包括的データ戦略(※8)においては、下記のように書かれています。

Society 5.0 の実現という本戦略のビジョンを実現するためには、①広範なデータが使えること(デジタルツインの実現)、②データをコントロールできること、安心して使えること(人間中心のデータ利活用)、③ステークホルダーが連携し新たな価値を創出すること(新たな価値の創出)、が必要であり、官民の双方に共通する基本的行動指針として、以下に掲げるデータ活用原則を示したところである(第一次とりまとめ)。
① データがつながり、いつでも使える
・つながる(相互運用性・重複排除・効率性向上)
・いつでもどこでもすぐに使える(可用性・迅速性・広域性)
② データを勝手に使われない、安心して使える
・自分で決められる、勝手に使われない
・(コントローラビリティ・プライバシーの確保)
・安心して使える(セキュリティ・真正性・信頼)
③ 新たな価値の創出のためみんなで協力する
・みんなで創る(共創・新たな価値の創出・プラットフォームの原則)

この、項目③については、まさにシビックテックに求められているところです。

シビックテックを活性化するには

前述した通り、台湾のシビックテックは大変盛り上がっています。特に、現地に行って感じるのが、市民クリエイターの熱量が高く、主体的に課題を解決していこうという意識が高い人が多いことです。

前述のオードリー・タン氏とも何度かお会いする機会がありましたが、なぜ政府とシビックテックコミュニティの関係性が良いのかを聞いた時に、Fast, Fair and Funという3つのFの話を伺いました。

  • Fast:何か課題が発生したときには、とにかく迅速に対応すること。

  • Fair:行政が公正であること。例えば台湾は電波が届きにくい離島や山などから5Gを整備しています。

  • Fun:人々にサービスを使ってもらったり、興味を持って政策を理解してもらうため、ユーモアを交えて伝えることや、サービスのユーザーインターフェースに楽しさを盛り込むこと。

という内でした。Code for Japan を長年運営してきた経験からも頷ける話です。

デジタル庁に必要なこととしては、政策立案プロセスや意思決定プロセス、事業構築プロセスをできるかぎり透明にし、国民が参加する機会をできるだけ多く作っていくことと、より多様なプレイヤーに興味を持ってもらい活動に参画してもらうこと、データやテクノロジーを活用して、行政と民間および国民との建設的なコミュニケーションを可能にすることだと考えています。

一部の限られた人のトップダウンで政策を決めていくのではなく、ボトムアップのプロセスも交えながら決めていくことが必要です。

どのような活動をしていくのか

まず、本職種「プロジェクトマネージャー(シビックテック)」の募集時の業務内容には以下のように書かれていました。

シビックテックのスペシャリストとして、誰一人取り残さない社会のためのシステムに必要となる、多様な国民の参加や包摂的なサービス設計について、技術的見地から必要な提案や、各プロジェクトをリードしていただきます。

シビックテックとは、市民が主体的に行政と連携し、テクノロジーを活用して社会課題を解決したり、生活の利便性を向上させるための取組を指します。

プロジェクトマネージャー(シビックテック)は、オープンガバナンスに関する知識を持ち、政策立案プロセスの透明性向上を図ることで、行政と市民の連携を促進します。また、シビックテックを推進する新たなリーダーや若者の育成や、市民とのコミュニケーションやスキル開発機会を提供したり、国境やセクターを越えた活動家や起業家との結びつき、NPOを始めとする市民社会組織と連携をするための仕組みを作ります。

これに対して、私なりに考えてきたアクションプランが以下です。

オープンソースの推進と共創環境づくり

「Open Source」と柄に書かれた赤いマルチツールナイフのイラスト。「Open Content」「Open Data」「Open Cloud」などとラベルをつけられたツールが展開されている

(Johannes Spielhagen, Bamberg, Germany, CC BY-SA 3.0)

税金を使って開発したソフトウェアをオープンソースとして公開することで、社会が使える知的資本が蓄積されるという考え方があり、米国や英国、欧州連合(EU)はオープンソースソフトウェアを積極的に活用しています。

米国には People's Code(※10) というオープンソース戦略がありますし、EUにもオープンソース戦略(※11)があります。

オープンソースソフトウェアを活用することは、ベンダーロックインの解消や健全な競争環境の実現に寄与するだけでなく、市民開発者との共創にも繋がる可能性があります。

例えば東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイトでは、サイトのソースコードを GitHub というサービスでオープンに公開(※12)し、300名以上の市民エンジニアから5,000件を超える協力を得ることができました。

結果、アクセシビリティの改善やパフォーマンスの改善、新機能の追加などの改善に結びついています。

一方、国が開発した COCOA においては、ソースコードだけはオープンにしていたものの、民間開発者からの注意喚起に対応をしておらず、残念ながら大きな不具合が発生してしまいました。

その後私も政府CIO補佐官として立て直しプロジェクトを担当することとなり、GitHub 上でのやり取りを再開した現在、不具合は解消し、民間エンジニアからの改善も受けられるようになっています。(まだまだやることはありますが)。

今後、政府のデザインシステムや開発するライブラリなどについて、可能なものはオープンソースで公開できるような環境を整えていきます。

データ戦略の推進

私がシビックテックの立場から長年推進してきたものにオープンデータ政策があります。行政や企業が保有するデータをオープンなライセンスで公開することです。

オープンデータの概念を知り、日本国内で推進を始めたのは東日本大震災がきっかけでした。当時、被害状況やサポート情報のデジタルマッピングを行うサイトを運営していた私は、行政がもつ避難所情報が入手できなかったことからオープンデータの必要性に気づきました。

時は流れ、いまでは法律においてオープンデータが義務化され、実際に多くの自治体が保有データを公開するようになりましたが、まだまだ質の面では課題があります。各自治体毎にバラバラな形式で公開されていることから、エンジニアにはデータが使いにくかったり、足りなかったりしているのです。

オープンデータの価値を更に向上すべく、取り組んでいるのがベースレジストリなどのデータ戦略です。

利用可能なデータが増え、質も向上することで、シビックテックの活動にも良い影響がありますので、データ戦略を推進していきます。

自治体にとっても、ちゃんと使われる、ニーズの高いデータの公開に繋がります。

官民の垣根を超えたコミュニティづくり

シビックテックには、官→民の流れだけでなく、民→官の流れも重要です。

政府側だけが責任を果たすのではなく、民間側の主体的な活動が伴わないとそもそもシビックテックとは言えません。お互いの共創活動のためには、官民の垣根を超えて、社会をあるべき姿に近づけるための対話が必要です。

社会全体がデジタルの恩恵を受けるには、国と自治体との連携もよりスムーズにすべきです。自治体の職員ともフラットに意見交換ができることで、より良いサービスが作れます。

これまでシビックテックのコミュニティを作ってきましたが、これからは、政府側の立場としてもフラットにコミュニケーションができる場を作っていきます。

もちろん、海外のコミュニティとの連携もしていきます。

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最後まで読んでいただきありがとうございました。社会には様々な課題がありますが、政府だけでは解決ができません。課題を解決するために活動している皆様と、「ともに考え、ともにつくる」ために活動していきますので、機会があればぜひご参加いただければと思います。

※1:COCOAのオープンプロセス化の現状と、今後について
※2:Serving customers or engaging citizens?
※3:Code for America
※4:Transparency and Open Government
※5:g0v:台灣零時政府
※6:台湾政府がマスクのリアルタイム在庫状況を公開し、数日で50以上のアプリが爆誕
※7:GOVERNANCE INNOVATION ー アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて
※8:サービスデザイン実践ガイドブック(β版)
※9:包括的データ戦略
※10:People's code
※11:The European Commission adopts its new Open Source Software Strategy 2020-2023
※12:東京都 新型コロナウイルス感染症対策サイト|GitHub


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◆これまでの「デジタル庁の組織文化」の記事は以下のリンクをご覧ください。