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ベース・レジストリの整備で、手続を効率化する。デジタル庁法務スペシャリストの軌跡

デジタル庁では、国のマスターデータを整備することにより、国民の皆さまの各種手続を効率化することを目指しています。

その一環として法人の名称や所在地、個人の住所などを、行政機関が参照できるデータ基盤「ベース・レジストリ」の構築に取り組んでいます。

令和6(2024)年の第213回通常国会では、ベース・レジストリの実現に向けた「情報通信技術の活用による行政手続等に係る関係者の利便性の向上並びに行政運営の簡素化及び効率化を図るためのデジタル社会形成基本法等の一部を改正する法律案(以下、改正法案)」を提出し、5月31日に成立しました。

法改正にあたり、デジタル庁で法務スペシャリストとして働く弁護士が国民や自治体職員の方々への業務ヒアリング等のプロジェクトの構想、法案への落とし込みや各省庁や内閣法制局との折衝、国会議員への説明や法案審議まで、立案から成立まで一連のプロセスで活躍しました。

今回のデジタル庁公式noteでは、デジタル庁の法務スペシャリストである清水裕大へのインタビューを通じ、ベース・レジストリについての解説をします。

インタビューを受ける清水裕大

清水裕大
弁護士。2016年、早稲田大学法科大学院修了。2017年に弁護士登録。2021年4月まで髙井・岡芹法律事務所所属。その後、三浦法律事務所に移籍し、2022年3月よりデジタル庁に出向。「法務スペシャリスト」の役職のもと「ベース・レジストリ」の実現に向け、企画立案から法案の成立までの一連のプロセスに携わっている。(※プロフィールは取材当時)

「ベース・レジストリ」で面倒な手続をシンプルに

国民の皆さまには、さまざまな手続のたびに、法人の名称や所在地、代表者の氏名、個人の住所など、何度も同じことを記入または入力していただいています。いろいろな形式の申請書に、書き損じがないよう正確に記載する必要があるため、非常に神経を使う作業です。

また、手続のたびに、添付書類として登記簿謄本の提出を求められることで、平日に休暇を取って役所に足を運んでいただいている方もおられるでしょう。

現在、デジタル庁が推進している「ベース・レジストリ」は、さまざまな手続に共通する項目を、各行政機関が参照できるデータベースです。国民の皆さまが何度も同じ項目を書いたり、入力したり、あるいは同じ情報を何度も提出することを1つひとつ無くしていく、そんなプロジェクトです。

たとえば、飲食店を営む法人が規模拡大のために本店所在地を変更する場合、法人の登記情報を変更するために法務局に行く必要がありますが、それ以外にも、店舗ごとに、その許可を受けた保健所に変更の届出を行う必要があります。

あるいは、自治体の職員の皆さんも、例えば住民の皆様からの問い合わせに応じて、最新の法人の情報を確認するために、法務局に行き、登記簿謄本を取得したりしています。

笑顔で話をする清水裕大

清水:
「ベース・レジストリ」は各行政機関が参照できるデータベースです。これまで1つの変更に対して複数回必要だった法人の手続が、たった1回で完結します。謄本等の書類取得も不要になります。まさに、これからのデジタル社会に不可欠なデータ基盤を構築するプロジェクトです。

なぜ今、「ベース・レジストリ」が必要なのか

これまでも政府は「ベース・レジストリ」のような統一的なデータベースの必要性を認識していました。しかし、具体的に「誰が」「何を」整備するのかが曖昧でした。

また、マイナンバーカードに誤った情報が紐付けられるトラブルが発生したことにより、政府は、「正確」なデータを早急に整備する必要性を認識しました。

そこでデジタル庁は、さまざまな手続で参照されるデータベースをベース・レジストリとして、計画的かつ総合的に整備・改善していくため、令和6年の第213回通常国会にて、改正法案を提出。5月31日の国会で、法案成立となりました。改正法案では、国の義務としてデータ基盤を整備することや、そのための体制強化を図ることなどが明確になりました

清水:
「ベース・レジストリ」が実現すれば、1つの変更事由について行政機関ごとに手続をしたり、謄本などの添付書類を取りに行ったりすることが不要になります。つまり、日常の手続から感染症や自然災害といった有事の際の確認作業まで簡略化できるのです。

改正法案の肝は「組織単位の情報管理に横串を通した」こと

今回の法律で新しい点は、人の名称や所在地、代表者の氏名、資本金などの変更について、登記のみ変更すれば、それ以外の届出を不要としたことです。

清水:
これまで商業登記法や建設業法、食品衛生法などに基づき、行政手続で必要な国民の皆さまの情報は、各行政機関がそれぞれの組織単位で管理していました。そのため、国民の皆さまには1つの変更事由に対して、複数回の手続が必要な状況でした。

今回成立した改正法案は、各行政機関が参照するマスターデータを整備した上で、個別の法令に関わらず、行政機関が別途情報を入手した場合は、個別の届出を不要とすることで、これまでの組織単位での情報管理に横串を通すものとなります。

横串の情報管理を実現するにあたり、最も整備に手間と時間を要するのが「住所」です。日本の住所データは、いわゆる「表記揺れ」により、共通の情報として使いにくい状態にあります。

「千代田区霞が関」と「千代田区霞ヶ関」や、「1丁目1番」と「1ー1」といった単純な表記揺れであれば、ある程度機械で対応可能です。しかし「舞浜2」と書かれると、「舞浜2丁目」と「舞浜2番地」のいずれを意味するか区別できないため、機械処理では対応が困難です。

また、不動産の権利状況や固定資産税の管理に使用される地番と住所の表記が異なることも、行政手続に時間を要する原因の1つとなっています。

清水:
「ベース・レジストリ」では、住所データの整備も進め、各行政機関が参照できるデータベースを実現していきます。

2025年夏までに「ロードマップ」を策定

「ベース・レジストリ」の実現に向けて、今後の具体的な活動を2つ紹介します。

まず中長期的な動きとしては、今回成立した改正法案に基づき、今後のデータベース整備のロードマップ「公的基礎情報データベース整備改善計画」を、2025年夏までに策定します。ロードマップは、予算やデータベースを整備するPdM・エンジニアの方々の知見などを踏まえて、システムの実装スケジュールを作成した上で、具体的に何年までに、どのデータベースを構築もしくは改修するのかを定めるものです。

直近では、「ベース・レジストリ」の肝となる「住所・所在地」の表記統一に向けた第一歩を踏み出します。2024年度中に、「紀尾井町1丁目」といった町字(まちあざ)のデータについて、関係省庁や自治体の皆さまと一緒にしっかり整備を進めてまいります。

清水: 法人や不動産登記に関するデータベースは、今後2年程度で利用環境も併せて整備していきます。

「法律を“守る”ではなく“つくる”立場を経験できた」

清水は「ベース・レジストリ」の実現に向けた法改正を含む、2年3か月間のデジタル庁での経験を、次のように振り返ります。

清水:
わたしの主な役割は「ベース・レジストリ」の構想を、制度に落とし込むことでした。たとえば、法改正の必要性について有識者の方々に議論していただくための資料作りや、各関係機関にプロジェクトを理解していただき、協力を求めるための調整、内閣法制局による法案の審査対応などです。

デジタル庁での業務を通じて清水は、それまでの弁護士業務とは、ある意味“真逆”の経験ができたと語ります。

清水:
デジタル庁では、法律を“守る”のではなく“つくる”役割を担いました。これは弁護士として過去にない経験です。入庁前は顧問先の企業が社内制度やビジネスを新設・変更するときに、法律を遵守しているかの確認や、法律の範囲内でつくれる制度を提案する仕事がメインでした。

しかしデジタル庁では、日本全体の社会課題の解決に向け、既存法令の範囲内での提案に加え、法令を新設または改正するという手段も選べたのです。

清水:
「ベース・レジストリ」のプロジェクトを進める中でも、勿論、既存法令の中でできるものは、各省庁との調整により実現しました。一方、各省庁が組織単位で管理している情報の一律化には法改正が必要でした。法解釈も法改正も、目的達成のための手段の1つに過ぎないのです。

日本社会全体の課題解決という目的の壮大さや、それに向けて法律事務所にはない手札も活用しながら取り組めた点で、一弁護士として貴重なキャリアを経験できました。こうした経験により、今後、クライアントが特定の社会課題の解決のためにビジネスを展開したい場面において、さまざまな手段を視野に入れて、アドバイスできるようになったと思います。

また、より細かい視点では、民間のデータではなく、行政のデータを取り扱う仕事をしたことも、弁護士としての知見を広げることにつながったといいます。

「弁護士になって初めて“当事者”として働いた」

清水は一般的な弁護士業務にあたる際に “ 当事者化しない”ことをポリシーにしているといいます。

清水:
当事者になると、つい頭が熱くなり冷静さを欠いてしまいます。顧問先の企業をサポートする際は、当事者の立場から一歩引いて、冷静かつ客観的に思考することを意識していました。

また弁護士として、さまざまなトラブルを目の当たりにする中で、メンタルの状態を健全に保ち、パフォーマンスを発揮し続けるためにも、当事者化せずに一定の距離を取りながら仕事に向き合うことを心掛けています。

しかし清水は、デジタル庁では、弁護士になって初めて“当事者”として仕事をしたと振り返ります。

清水:
デジタル庁での業務は、顧問先に対して弁護士の観点から客観的に接するものと異なり、特定のゴールやあるべき姿に、プロジェクトチームの一員としてコミットするものでした。

もちろん冷静さは必要です。しかし、メンバーと密にコミュニケーションを取りながら進めたため、今までに味わったことのない苦悩ややりがいを感じられました。

その上で、立法のプロセスを最初から最後まで経験したことでも、キャリアの幅が広がったと語ります。

清水:
立法のプロセスとしては、まずどんな法律をつくるべきかを国民や行政・自治体職員の方々のニーズをヒアリングした上で、関係省庁を含めて議論します。そこで固めた内容を、より具体的にシステムや法律へ落とし込むため、PdMやエンジニア、関係省庁の職員、外部の有識者の方々に知恵をお借りします。

次に内閣法制局における法令案の審査を通過し、閣議決定することで、まず、政府としての法改正の案が確定するのです。その後、国会での審議を経て、国会にお認めいただくことで、晴れて法案成立となります。
わたしは「ベース・レジストリ」のプロジェクトが立ち上がってから2年程度で、この立法のプロセスをすべて体験し、弁護士としての器を広げられたような実感を持っています。

さらに清水は、デジタル庁での経験を、こう総括しました。

清水:
弁護士が“当事者”として立法のプロセスに携われる機会は、めったにありません。入庁前の想像を、はるかに超える経験ができたと思います。

実は入庁前、キャリアアップに向けて、専門である人事労務領域に加えて、プラスアルファの知見や経験を積みたいと考えていた時期だったのです。そうした時期にデジタル庁が発足したことを知り、チャレンジの場としてこの上ないと思い、飛び込もうと決めたのでした。

ただ入庁が決まったタイミングでは、デジタル庁はさまざまな経験を積むことができる場には見えていましたが、実際、具体的にどのようなキャリアステップを描けるのかが不透明でした。正直、何も得られずに2年間を終えてしまうかもしれないという不安も抱えていました。

しかし、「ベース・レジストリ」のプロジェクトに携わったことで、当事者として立法のプロセスに携わることができました。

組織の大目標を達成するために、自らの目標やアクションプランを設定し、主体的に行動する。弁護士でも、そういう働き方ができることを、身をもって学べたことは、新たなキャリアステップをのぼる上でも、かけがえのない経験をさせていただいたと思っています。

こうした経験を踏まえて、これからは、より一層、当事者が抱える課題に想像力を働かし、当事者が抱える課題の解像度を上げて、課題解決に向けて、より有益な実効策を提案、実現していきたいと思っています。

◆デジタル庁では、法務スペシャリストの人材を募集しています。詳細は以下のリンクをご覧ください。


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◆デジタル庁の職員/チームを紹介する記事はこちら。


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